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昔とは違う「怖い上司」の意味

「怖い上司」と聞いてどんな上司を想像しますか?

大声で怒鳴る、机や壁をたたく、物を投げつける...などといった上司の姿は、今やドラマや漫画ですら描かれなくなっているように思えますが、「若い頃にはそういう人もいたなあ」と回想する方も、中にはいらっしゃるのではないでしょうか。

パワー・ハラスメントを意味する「パワハラ」という言葉が日経新聞に初めて出た日を調べてみると2003年。「〇〇ハラスメント」という言葉が取り沙汰される以前に社会人となり、現在何らかの形で目下の若い人たちを率いる立場にある40代以上の人たちは

「あなたの部下にとって、あなたは『怖い上司』ですか?」

と尋ねられれば、殆どの人がNOと答えるでしょう。

現代のリーダー世代にとっての「怖い上司」のイメージは程度の差こそあれ、冒頭に挙げたような「鬼課長」「モーレツ係長」であって、自分などは決してそんな感情をあらわにするようなことはない、と考えるからです。

時代は変わり、若手を委縮させてしまうような「わかりやすい強面の上司」は鳴りをひそめました。では、それで若手にとって怖いものがなくなったのかと言えば、決してそんなことはないのです。その代わりに台頭している新たな「恐怖」がごく日常的に若い世代を取り巻いています。

不安を分かってくれない上司が怖い

今どきのリーダー世代が、部下によくやってしまうネガティブな所業のひとつとして挙げられるのは「相手を追い詰めてしまうこと」です(最近の言葉では「ガン詰め」と言われたりします)。こう言うと「自分は穏やかに話しているし、威圧的な物言いにならないように注意しているから大丈夫」などと考える方は多いかと思いますが、本当に大丈夫でしょうか?

たとえば「何とかなる」と言うのが口癖の上司の方がいたとします。

一見、自信のない部下を慮って励ましているようにも聞こえるのですが、この言葉が出て来る前に、この上司がどんな報告・相談を受けていたかを冷静に考えてみると、

・納期に間に合わないかもしれない。
・予算をオーバーしてしまうかもしれない。
・取引先を怒らせてしまうかもしれない。

といったネガティブなことを告げられているに違いないのです。しかし、根拠なく「大丈夫、何とかなる」とだけしか言わない上司は、部下を不安に陥れるばかりで安堵させたり、ましてやモチベーションを上げたりすることはできません。

部下に過度の心理的負担をかけまいとする親心だったり、部下の言っていることが明らかに杞憂であったり、といった何らかの理由があったとしても、説明やコミュニケーションをおざなりにしてしまうことで「お前が何とかしろ」と言っているのと同じになってしまうのです。部下からすれば「こんなに不安で、怖い状況をわかってくれない」という印象だけが残ります。

物心ついた時からITに囲まれて育った世代にとって、予測不可能なものほど怖いものはありません。電話は出る前に相手がわかる。お店は行く前に評判がわかる。本は読む前に結末がわかる。特殊な技能は必要なく、手元にあるスマートフォンやPCで、たちどころに情報を得ることに慣れ切っている世代は「無垢の未来」を想像することが苦手です。

不安や恐怖は「解決」するよりも、まず「理解」

「でも...」となおも食い下がる部下に「え?何でそんなに不安なの?ほかに不安要素があるんだったら言ってみて」と応じたりする様は、まさに「ガン詰め」です。自分としては理路整然と筋を通しているつもりでも、「何でできないんだ?理由があるなら言ってみろ」と、言っているのと結果的には変わらず、場合によってはそれが「恐怖」にまで変換されてしまうことがあります。

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こうした上司は部下からは決して「楽天的で大らかな人」とは思われず、「無責任な人」「相談に乗ってくれない人」と評され、「現代版・怖い上司」となってしまう訳です。

ハラスメントにまつわるトラブルで、当事者にヒアリングすると、そのほとんどの場合、加害者となってしまった上司は「そんなつもりじゃなかった」「まさかそう取られるとは思わなかった」と釈明します。こうした行き違いは善意・悪意の問題ではなく、「相手にとってどうか」という考えを持てるかどうかの問題なのです。キャリパーではこれを「感応力」(エンパシー)と呼んでいますが、部下に耐性を付けるトレーニングを施すよりも、上司がエンパシーを身に付けるトレーニングを積んでもらった方が、結果として組織全体がうまくまわることが多いものです。

「今どきの若いのは...」と論じても何のプラスにもなりません。自分の置かれている立場だけでなく、時代や環境といったより大きな枠組みで、職場の人間関係を見直すことが必要です。