見出し画像

「女には向かない職業」?

年末年始、私にとって楽しみのひとつが音楽に関する催しです。12月に入ると街の至るところでコンサートがありますし、1月の演奏会は祝賀ムードたっぷりです。
もう去年のお話になりますが、クリスマスシーズンに、さるオーケストラのコンサートに出かけてきました。
私は音楽なら何でも、特にクラシックが好きなため、演奏会にも時おり足を運びます。生の音楽はいずれも最高なのですが、その日のコンサートでは、さらに思わぬ発見がありました。

コンサートは土曜日の午後の開演でした。
ホールの席は満員の観客で埋まり、開演のベルの合図で演奏者たちが舞台に出揃います。最後に指揮者が姿を現し、コンサートマスターと握手を交わすと、客席に向かって一礼しました。指揮者が女性だと気がついたのはその時です。
女性の演奏家は今では珍しくなく、その日のオーケストラでも男女比はほぼ半々、もしかすると女性の方が多いかも、という具合でした。
けれども指揮者となると話は変わり、海外も含め、まだまだ男性優位の世界です。私がこれまでに参加したどの演奏会でも、指揮棒を振っていたのは男性でした。

好きな指揮者はと問われた場合も、サイモン・ラトルにジョージ・ガーシュウィン、小澤征爾など男性指揮者の名はすぐに挙がるでしょうが、女性指揮者となれば、そうはいかない気がします。
私も、三ツ橋さんや西本さんなど、超がつくほど有名な方々のお名前は存じ上げていても、外国の指揮者となると、はたと考えが止まります。
だからこそ、指揮者は男性であるべきという偏見などないものの、女性指揮者の鮮やかな登場に思わず目を見張ったのです。

私のそんな驚きをよそに演奏はスタートし、まずは英国の第二の国歌ともいうべきエルガーの『威風堂々』が、続いてアイルランド歌曲、『木星』で有名なホルストの組曲と、プログラムは進みます。
どの曲も耳なじみのある、他の演奏会でも聴いたことのある曲でしたが、この日の演奏は他のどの演奏会のそれよりも、群を抜いて素晴らしく感じられました。
力強く堂々としていて自由、伸びやかな音が広がり、必要な場では見事に抑制が効いている。オーケストラの演奏を完璧にリードしてゆく、指揮者の力量に深い感銘を受けました。

ヨーロッパのあるオーケストラでは、団員は長年男性のみであり、女性はオーディションを受けても常に落選だったといいます。
けれどある時、オーディションがブラインド形式で行われました。審査員は奏者の情報を何一つ与えられず、純粋に音だけで合否を判断するのです。
衝立の向こうで演奏される課題曲に耳を傾け、審査員たちが合格を出したのは、なんと全員が女性でした。それまでは〈力強さが足りない〉〈繊細すぎる〉と評してきた女性奏者の演奏を、今度は〈堂々たる演奏〉〈男性的で力強い〉などと絶賛したのです。
審査員たちは奏者を男性だと信じ込んでいたそうで、真実を知った時には、相当ばつの悪い思いをしたことでしょう。

そんな話からもわかるように、音楽の専門家でさえ、性別によるステレオタイプな見方を拭えません。そのため素人の私が、女性の指揮者のリーダーシップあふれる指揮にどれほど驚き、魅了されたかお分かりいただけるかと思います。
演奏会の全篇にわたり、オーケストラは素晴らしい演奏を聴かせてくれました。指揮者と奏者の関係は時に難しいものがあるとも聞きますが、この指揮者は完全に奏者の敬意を勝ち得、最高の演奏を引き出しているようでした。

時代は目まぐるしく移り変わり、物事は日々変化しています。
そんな中では、固定観念を崩される出来事に出会っても、拒絶する一方よりも、むしろそれを面白がり、まず受け入れてみるほうが、どれだけ世界が豊かで楽しくなるか知れません。一年の最後に、私も新しい経験と素晴らしい時間を得られました。
指揮者のお名前は、小林恵子さん。
これからもまた、そのお仕事ぶりに触れる機会があることを心から願います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?