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奇跡のような水の話

〈湯水のごとく〉は何かを惜しみなく使う時におなじみの言い回しです。
私はその言葉に違和感を感じませんが、たとえば中東のような国では違います。乾燥し、水資源の少ない国で、貴重な水を気軽に扱えるはずはないからです。

「最近の水道代の値上げはつらい」
これも水に関するリアルな悩みですが、日本に住まう私たちは、よほどの事態に見舞われない限り、水そのものが手に入らない、という経験をまずしません。これは、当たり前なようでいて、きわめて得がたい幸運です。

だからこそ、アメリカの世界資源研究所による〈2040年までに中東・中央アジア・北アフリカなど33カ国で、水不足が深刻なレベルに達する〉という予測、経済協力開発機構(OECD)の〈2050年に、世界人口の40%に相当する39億人が、著しい水不足に見舞われる〉という警告も、どこか実感が湧きづらいのが、私には正直なところです。

それでも、水を巡る問題は気になります。
すぐに飲み水が無くなる危険性は低いとしても、いつどのような状況に陥るかはわかりません。何らかの理由で水の供給がストップするかもしれないし、水源地の汚染はどうでしょう。近くのマンションは、貯水槽の不都合で3週間も水道が使えなかったといいます。
そんな身近な心配ごとから、国際ニュースで見る深刻な実情まで。

どうにか解決の手立てはないのかと気がかりだったおり、素晴らしいニュースを見つけました。空気から水を作る装置がある、というのです。
しかも、使いかたはいたって簡単。真っ青な金属製の装置にコップをセットし、ボタンを押すだけ。空気中の湿気を凝縮、ろ過した後に、水がなみなみと注がれます。

湿度が65%以上なら、装置は1日に5000ℓ、90パーセント以上なら6000ℓの水が生成可能というから驚きです。しかも、ミネラルを自在に調整し、水の味や舌触りを変え、市販の名水を再現する機能まで。
搭載された太陽光パネルで、電源はフリー。装置が故障しない限り、安全な水が誰でも無料で手に入るのです。
まさに夢のような話です。

開発したのはイスラエルのウォータージェンという会社であり、なんとパレスチナ自治区ガザでも、この装置が3台作動しています。
それだけでも驚きなのに、さらなる意外は、装置の設置はウォータージェンのCEO兼社長である、ミカエル・ミリラシビリさんの発案によって行われた、という事実です。

ミリラシビリさんはイスラエル人であり、敬虔なユダヤ教徒です。
そのような人がなぜ、互いの訪問も許されない、長らく敵対関係にあるガザのために、自分の貴重な時間とお金をかけてまで、装置を作動させようと思い至ったのか。

その理由はガザの水事情です。帯水層の過剰取水による影響や水質汚染のため、ガザで安全と言える水はわずか3%にすぎません。
それでも外部からの水の調達は困難で、危険な水に頼らざるを得ない住民たちは、健康被害を被り続けています。

ミリラシビリさんはガザの現状を知り、すぐに援助を思い立ったといいます。
飲み水を地球上のみんなに行き渡らせる。これが私たちの目標です。まず隣人を助けるべきなのは、はじめから明らかでした

ガザ地区の200万の住民の需要を満たすには、数台の装置では足りませんが、それでもここには大きな希望があります。
パレスチナの市民社会グループの技術者は、自分たちを支配する国の企業からの支援に対し「誰からであれ助けは受け入れる」と語っていますし、ミリラシビリさんも「ガザの人々は、“奇跡”の装置が自分から贈られたものだと思っていない。神からのプレゼントです。神が何かを与えてくれたとき、それを受け取るべきだと彼らは理解しています」と語っています。

動物のうち、想像力を持つのは人間だけと言われます。それが真実か、私にはわかりませんが、想像力を使い、人を助ける力を発揮する人々がいるのは確かです。そうして人々が、国境や政治を超えて結びついてゆけることも。

これが美談に終わることなく、さらにガザ地区の救いの一手になりゆくことを、また、世界中の国々に、速やかにこの装置が広まることを願います。
ドラえもんが未来の夢のテクノロジーなら、現代の夢のテクノロジーはここにある。私にはそんな風に思えてなりません。

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