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うるさいを通り越してうるせえ街(ラオス、ルアンパバーン)

ラオスと聞いて、何を思い浮かべるか。それは人それぞれであろう。

僕がラオスへ訪れてみたいと思ったのはここ数年のことで、それまでこの国のことをまるっきり知らなかった。

そもそもラオスという国自体に興味を持っている人は日本にどれほどいるのだろうか。興味を持つか持たない以前に、ラオスはどこにある国なのか。いや、ラオスが国ということすら知らない人だって少なくないのではないか。

ということは、ラオスのルアンパバーンという街を知っている人間はもっと少数であろう。

僕は中国経由でバンコクへ行き、バンコクからラオスのルアンパバーンという街に飛んだのだけど、成田空港で廈門航空の中国人女性職員と会話をしたとき、彼女はルアンパバーンを知らなかった。

「バンコクから帰りの航空券は持っているか」と聞かれてバンコクからルアンパバーン行きのボーディングパスを見せたとき、彼女はぶつぶつ言いながら首を傾げていた。

「ルア…ルアン……ルアンプラ、、バン??」
そのボーディングパスに書かれている「luangprabang」を読むことができない様子であった。

「ルアンパバーンです」
僕がそう答えると、「どこですか?」と純粋な疑問をぶつけられる。

「ラオスです」
彼女は興味なさそうに、蚊の鳴くような小さな声で「ふーん」と言いながら頷いて、また手際よくパソコンをカタカタといじりはじめる。

別に彼女は若手職員には見えない。見かけは中年くらいで、対応の手際良さを見ている分には経験値が高そうに見える。それでもルアンパバーンを知らないのである。

しかも、彼女は中国人だ。中国とラオスは隣接しているのだからルアンパバーンくらい知っていると思っていたが、そうでもないらしい。神奈川県民の僕が静岡県の市町村をすべて答えるのは至難の業であるものの、ルアンパバーンは静岡県における超マイナー都市くらい知られていない街なのだろうか。

確かにルアンパバーンへ訪れたことがある人は僕の身の回りに殆どいなくて、大学院の先生でお一人だけ行ったことがあるという人がいるのみである。旅行先としてはマイナーであると認めざるを得ないが、だからこそ行ってみたいと思うのが天邪鬼の性質ではないか。

では、その天邪鬼の僕がこの国に入国してこの街を彷徨った結果、その印象は何かと言われれば「騒音」と即答するだろう。

ラオスは「東南アジア最後の秘境」と言われるような国なので、そこにうるさい要素は一見ないように見える。が、現実は最強の騒音が待っていた。

僕は今、インドのニューデリーでこの記事を書いているんだけど、ぶっちゃけ騒音レベルはニューデリーの方が高い。しかし、インドはうるせえだろうなという憶測ができるから精神的余裕があるが、「東南アジア最後の秘境」でその騒音は予想だにしなかった。なんてタチの悪いことをするのだろうと裏切られる形となった。避暑地に行ったらクソ暑かったみたいな、海が綺麗と評判なビーチに行ったらめっちゃ濁ってたみたいな、静かで穏やかなラオスを期待していたのだから、ある種の裏切りである。



ルアンパバーンを画像検索すると、かつてフランスの統治下だったこともありヨーロッパ的な街並みと東南アジア独特の雰囲気が相まった可愛らしい街という印象を受ける。

ラオスの国旗とルアンパバーンの市街地

僕が泊まったホテルも、写真を見るからにこじんまりとして可愛らしい雰囲気で、アゴダの評価も8.0以上で割に高い。僕の経験上、アゴダは評価8.0を超えると部屋の清潔度や広さ、スタッフの対応、朝食の内容などなど、なかなかに満足することが多い。それはタイやベトナム、カンボジア、スリランカといったアジアにおける話であるため、他は分からない。

アクセスも割と良さそうだし、僕は5泊分を一気に予約してしまった。これが今思えば失敗であった。

ホテルの名は「Villa Sayada」。サヤダさんという日本人オーナーが経営しているという噂もあって、信頼を寄せてホテルを取ったのだが、現実そう上手くはいかない。

ルアンパバーンの小さな空港から、乗合のタクシー(600円くらい)を使い、市街地へ向かった。車内は英語が飛び交っている。僕は運転席の後ろに座っていたのだが、僕の後ろに座っていたアメリカ人の男一人が、スウェーデン人の女の子二人組を永遠に口説いているのだ。

僕は英語を流暢に話すことは全くできないが、学校教育で身につけたリスニング力でその男が彼女たちを口説いていることだけは分かった。

出身の情報から仕事について、何日間の滞在なのか、ラオス以外にはどこへ行くのか(あるいは行ってきたのか)など諸々話をした後で、クアンシーの滝に一緒に行かないか、なんなら今日一緒に夕食を取らないか、とりあえず連絡先を交換しようか、などなどを話している。

夕暮れ時のルアンパバーンの長閑な景色を車窓から眺めていたが、耳に入ってくるのは大音量の口説きイングリッシュ。阪神ファンのヤジくらいうるさい。そう思っていたのは僕だけはないようで、口説かれる彼女たちも終始苦笑いをしている様子であった。

乗合のタクシーがVilla Sayadaの前に停車した。そのタクシーの中では僕が一番最初に降りたから、その後彼らがどのような関係になったのかは知らないが、興味もないので彼らとは何も話さず、目も合わさずに下車した。

ここが評判のいいホテルかあ。外観はアゴダに掲載されている写真通りである。

スーツケースを降ろしてくれたドライバーにお礼を言って、僕は扉のない入り口に入る。19歳くらいのインディゴのジージャンを着た若い男がロビーにあるソファーでスマホを手に横たわっていた。その場には僕と彼、二人だけである。

フロントには誰もいない。横たわっている青年は僕に気づいていない様子だったから、「こんにちは」と言うと、彼は面倒くさそうな表情をして何も返答をせずに立ち上がり、僕の前を通ってフロントの椅子に腰掛ける。

「チェックイン?」
彼がはじめて口を開く。

「イエス。アイハバリザベーション」
僕はそう言ってパスポートを彼に手渡す。

青年は何も言わず、無表情でパソコンをカタカタ動かしているが廈門航空の職員と違って経験値が少ないからか、キーボードを打ち、マウスを動かす姿がスローモーションに見える。

彼は無言で5分くらいパソコンを睨んでいる。僕は特にすることもないので彼をずっと凝視して待っていた。ときどき時計に目をやったり、あてもなくスマホをさわったり、カウンターの上にあるこのホテルの名刺(「Villa Sayada」が「Villa Sayata」と誤って記載されていることには一抹の不安を覚えたが目を瞑った)を見たりして時間を潰していた。すると彼は唐突に英語で僕へ言葉を告げた。
「あーーー、予約をしたあとに注文取り消してない?」

そんなはずがないだろう。とはいえ、航空券を取っていたと思っていたのにチェックインカウンターで取れていないことが判明するようなハプニングを起こしてしまうのが僕であるから、もしかしたら僕の誤ちかもしれない。

スマホでアゴダのアプリを立ち上げる。しかしそこにはしっかりと予約完了と表示されているのだ。

今回ばかりは僕の過失ではない。スマホを彼へ見せて、しっかり予約したことを念入りに伝える。

彼は首が捩れるのではないかと言わんばかりに傾げて、それから「オーケー」と言って僕にルームナンバー6の鍵を渡してきた。

何がオーケーなのかは分からない。僕がルームキーを受け取ると、彼は「朝食はロビーにあるから朝はここに来い」と簡単に説明をし、「部屋までは行けるか?」と尋ねてくる。

ちなみに、このレセプションの右側だよとかの説明はない。カラオケのルームキーを手渡されたときみたいに、自力で探せということだな。一方で部屋が一階なのか二階なのかも分からない。総理大臣が増税したときと同じように、ルームキーを手渡すときには説明責任が大事だと思う。

「ソーリー、アイキャント」
僕がそう言うと彼は無言・無表情で部屋まで案内してくれた。スーツケースくらい持ってくれよと思ったが、それは自らが顧客であるということから生まれる贅沢なのだろう。黙って無心でスーツケースを部屋まで押して運んだ。

部屋は割に広い。が、一階であるということ、そして大きな道に面しているためか、騒音が気になった。

「ねえ、部屋のチェンジはできないの?」
「できない」
彼は即答した。僕へのフロントでの対応もそれくらいスピーディーなら嬉しい。

「今日はいっぱいだ」
ノープロブレムと言って僕は扉を閉めた。ホテルで一人になると、静寂から急に寂しくなることは一人旅でよくあることなのだけれど、今回ばかりはそれがなかった。

ブウォーーーーーーーーーーン

というバイクのエンジンが道沿いからこだまして不法侵入してくる。

寂しさがないから、まあこれはこれでいいか。

「予約をしたあとに注文取り消してない?」と言われたとき、イエスと言って違うホテルを予約すればよかったと思う気持ちを抑えて。


つづく!

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