ラオスで出会った物と人
騒音ホテルこと、ビラサヤダからルアンパバーンの繁華街までの道のりはもう完璧に覚えている。
繁華街といっても日中のそこらにあるのは寺と小さなお土産屋だけだ。だが日が暮れ始めるとそこで営む人々は屋台を開き、東南アジア各地で見られるような料理やら細々とした土産物を売り始める。
料理は焼き鳥からタイ風焼きそば、焼飯、カオソーイという担々麺もあったし、いかにも日本を模したたこ焼きもあり、人々は屋台で好きなものを好きなだけ注文し、広場におかれた無数のテーブルでご当地ビールのビアラオと共に賑やかな食事をしていた。
その彼らは殆どが外国人であった。欧米人が5割、中国・韓国人が4割、残り1割が日本人と現地人である。まあ現地人といってもそれは現地人に見えているだけで、タイ人がルアンパバーンへ旅しに来ているという話もよく聞くから、実際現地人は本当に人っこ一人いなかったのかもしれない。
いずれにせよ、そこはとんでもないオーバーツーリズムである。僕は村上春樹の旅行記、『ラオスにいったい、何があるというんですか?』を読んで、「現地人の営み」を肌で味わいたいと思って来たのだが、全く逆の結果になってしまった。
というのもどうやら近年、ラオスは欧米人にとって人気の旅行先になっているらしい。日本でラオスなんていったら、他人から何で行くの?という顔をされることは必至だが、それは日本だけのことであるようだ。
観光客の多さに萎えはしたが、客観的に見たら僕だって観光客な訳だから、どうしてこんなに外国人が多いんだよ!と外人がキレている構図というのは甚だ馬鹿馬鹿しいものである。
だが、ルアンパバーンに滞在した5日間、僕はなんだかんだで毎日そこへ足を運んだ。そこでご飯を食べたのは一回だけで、カオソーイを一杯だけ、中国人の家族が座っているテーブルで相席になって啜ったことだけなんだけれど。
どうしてもこの辺りは観光客が多いし、その観光客たちは家族やカップル、友人と一緒に来ており、僕みたいに一人で来ている人間なんて全く見かけないから、こういう賑やかなところというのは逆に虚しくなってくるのだ。
だから食事をここでは取らず、お土産物がずらーっと道沿いに何百メートルも寺に向かって並ぶ屋台を、時間をかけてゆっくり見ていた。
初日にここへ来たときから感じたのは、ルアンパバーンで売られている土産物は他の東南アジアの土産物と比べてオリジナリティがあるということだ。
タイやベトナム、あるいはカンボジアの土産屋台はどこへ行っても殆ど変わり映えのないものしか売っていない。タイならタイパンツと仏像、ベトナムならノンラーといわれる円錐形の帽子と蓮の絵が描かれたコースター、カンボジアならアンコールワットが描かれた何かである。
が、ここラオスの屋台は場所によって売っているものが全然違うのだ。他の東南アジアの屋台は、せっかくデパートに入ったのに全部ユニクロでした的な、ウィンドウショッピングをしていれば確実に飽きるところが多いのに対して、ルアンパバーンの屋台はオリジナリティがあるから長い時間でも観ているだけで楽しいのだ。
いかにもハンドメイドのポーチや民族的な伝統刺繍が施されたエプロンやコースター、全く読めないラオ語がプリントされたTシャツ、ラオスっぽい絵画、毎日来ても飽きない数々のものがビニールシートに広げて売られている。
他の東南アジア諸国と違う点をもう一つ挙げるとすれば、それは値切りができないことである。僕は値切りこそアジア旅の醍醐味だと思っているので、幾分か悲しくはあるのだが、その分値段設定が元々安いところが多い。
僕が買ったTシャツは当時のレートで1枚約400円をいかないくらいである。刺繍のポーチも500円ほどだ。
ちなみにそのTシャツはラオ語が胸の中央部にドーンと配置されており、全く読めやしない。何が書いてあるか分からぬTシャツを買うというのはいささか度胸がいるものである。
もしかしたら「変態野郎」と書かれた現地人が絶対に着ないような面白Tシャツかもしれないし、「中国に行っチャイナ」というしょうもないダジャレで暑いラオスを涼しく過ごす工夫が施されているものなのかもしれない(あと、このダジャレであれば中国人の観光客をターゲットにできるし一石二鳥なのだ)。
果たして何と書いてあるのか、僕はTシャツ売りの若い女性に聞いてみた。
「サバイディー、ルアンパバーン」
彼女はラオ語を指さしながら口を開いた。「サバイディー」というのはラオ語で「こんにちは」という意味である。ルアンパバーンはここラオスの古都であるから、無理やり日本に日本風で売られているのを想像すると「こんにちは京都」Tシャツである。
なんだ、中国に行っチャイナTシャツじゃないのかよと少し不平不満を覚えたが、ラオ語はくるくるとしていて可愛らしいので何という意味であろうと買おうと決めていた。
まあ言われてみれば現地人の子どもがそのサバイディールアンパバーンTシャツを着ているところを何回か見かけたから、そんな変な言葉が書かれていることがないことなんて分かっていた。
でも現地人よ、本当に外人向けのTシャツを日常使いするなんてことがあるのか?
僕は小田原出身なのだが、仮に小田原に来た外国人向けの「こんにちは小田原」Tシャツがあったとして、僕はこれを着ようとは到底思わない。それは小田原が嫌いだからとかじゃなくて、単純にダサくないですか?
いや、日本人が英語で書かれたTシャツを好んで着るように、ラオス人たちはラオ語が書かれたTシャツが好きなのかもしれない。真相は不明だが、とにもかくにもラオ語が見慣れない僕からすればそれは大変かっこよく見えた。
他にもそのナイトマーケットの一番端で僕は絵画を買っている。絵画といってもポストカードよりも一回り大きいくらいの小さな絵だ。作者は小学5年生くらいの男の子で、彼はあてもなく歩く僕に対して声をかけてきたのだ。
「ハロー!ウェアユーフロム?」
僕は日本から来たことを言うと、彼は笑顔で「ウェルカムトゥーラオー!」と答えた。
小学校にあるような木の机を二つくっつけて、そこにたくさんの絵画を一人で販売していた。
「これ、君が描いたの?」
「そう!」
彼は一番大きいA4サイズの絵を指さして、「これは1000円」、B5サイズを「800円」、一番小さなポストカードより一回り大きいサイズは500円であると教えてくれた。
「ふーん」
かわいいタッチだからとっても買いたかったが、どこまでいってもこれは子どもの落書きといえば落書きなのである。
僕が悩んでいると見た彼は、再び笑顔で口を開く。
「サービスで、これなら300円でいいよ」
ポストカードよりも一回り大きなサイズであれば値下げ可能とのことだった。300円か。500円でも悩む必要はなかったが、彼のお小遣いになるだろうと、僕は彼へ、ラオスの紙幣を手渡した。
「テンキュー!コプチャイ!」
彼は満面の笑みである。
「ありがとうー!」
僕はそう言ってビニール袋に入ったその絵を貰うと、彼は「アリガトウゴザイマス!」と言ってニコニコしている。
「君、名前はなんて言うの?」
「僕の名前はアジです」
「アジくん?」
「はい」
「ここに君のサインを描いてよ」
僕は受け取ったビニール袋から絵を取り出して彼のサインをねだった。
「もちろんだよ!」
彼は右手に油性ボールペンを持ち、サインというよりも名前をゆっくりと書いた。
「ありがとう!コプチャイ!」
僕は再び絵を受け取り、彼と記念撮影をして再びルアンパバーンの夜の街を歩き始めようとした。
「ハロー!」
僕が歩き出した途端、今度はアジくんより3歳くらいの少女が声をかけてきた。小学校低学年くらいの女の子だ。
なに!?
彼女の両手には何十枚もの直筆ポストカードがあったのだ。
今度はこれを買えというのだな!!まあ確かに、僕はラオスの子どもの絵を買う絶好のカモである。彼女からすれば、アジの絵を買うんだから私のも買えよ!とそう言いたいのだろう。
わかった。その手に持っている絵を見せてくれ。僕は彼女が抱えるようにして持っていた絵を一枚一枚じっくり観た。が、それはアジくんの絵画の後に観たせいなのか、小学校低学年の図工で描いた作品クオリティにしか見えない。クレヨンで思うがままに描きました、みたいな。図工で作った作品、あわよくば外人に買わせちゃおう的な魂胆が垣間見えるのだ。
その女の子はアジくんと違って殆ど英語が話せない。が、愛嬌はあるのだ。僕も買いたくなる、が、これに関してはマジでいらねえなと思ってしまった。
「アイムソーリー、、」
そう言うと、彼女は一番出来のいい絵を無言で見せてきた。間違いなく、これは彼女が描いた絵ではないことは確かである。タッチがとても繊細で美しいのだ。図工レベルではない。もしもこれが図工の作品なら、彼女は今すぐ美大に入学すべきだろう。
「これ、誰が描いたの?」
僕がそう彼女に問いかけるも彼女は英語が話せないから無論通じない。困った彼女の目線は3メートルほど奥にいるアジくんの方にあった。
アジくんはその視線に気づいたらしく、僕たちの通訳をしてくれることになった。
僕はアジくんに向かって、誰が描いたのかを英語で尋ねた。アジくんは女の子に向かってラオ語で何かを話している。そして彼がまた僕に向かって口を開いた。
「ハーマザー」
母親が描いた絵であったらしい。綺麗な絵だし、背景はカープを連想させる赤だし、仕方ない、買おう!
僕はアジくんに向かって「ハウマッチ?」と尋ねた。しかしこれに関しては通訳不要であるらしく、彼女は「70」と即座に答えた。日本円にすると500円くらいか。
僕は彼女に紙幣を手渡し、一枚の絵画を受け取った。
女の子は合掌して深々とお辞儀をした。
「コプチャイ!ありがとう!」
僕は女の子とアジくんに礼を告げ、彼らと互いにバイバイと言って手を振って別れた。
つづく!