ことばのゆくえ、こころと社会のあいだ

メンタルケアとカウンセリング専門相談室C²-Wave六本木けやき坂のアカウントです。仕…

ことばのゆくえ、こころと社会のあいだ

メンタルケアとカウンセリング専門相談室C²-Wave六本木けやき坂のアカウントです。仕事現場や日々出会う人々の発する言葉にどう向き合っていくか日々模索しています。https://www.c2-wave.net/ ブログ:https://c2waveblog.exblog.jp/

最近の記事

#26 告白

   公私にわたり多忙に振り回されたり体調不良が中途半端に長引いたりして、ここで文を書く心のゆとりがないまま、気がつけば数か月が経ってしまっていた。こうした何かにつけ余裕のない状態で生活していると痛感させられることがある。それは、仕事であれ日常生活であれ、また対人関係の場面においてであれ、つい基本、原点をおそろかにしてしまいがちだということである。  私のような職業の人間に相談を寄せるのは、当事者本人であれその家族や関係者であれ、社会生活や自身についてつらい悩みや不安、葛藤

    • #25 迷子 ②

       Aさんは、なんの前置きもなく話を始めた。  「小学校2年か3年生の頃だったと思う。当時、私は大きな団地に住んでいた。友達もたくさんいてみんなとよく遊んだ。夏休みだったある日、同級生で仲良しだった友達が行方不明になった。夕方になっても帰ってこないと、心配した友達の母親が私たち子どもや保護者に聞いて回ったが、誰も見かけていない。しかも同じ団地に住んでる幼稚園に入ったばかりの子も一緒にいなくなっていた。私は、他の友達と一緒にいつもの遊び場をいくつも探し歩いたがどこにもいなかった。

      • #24 迷子 ①

         しばらくぶりにAさんからかかってきた電話は、「話がしたい」というものだった。  カウンセリングを求める人の第一声が、ただ話がしたいのひと言というのはなかなかない経験だが、Aさんに関しては驚きはなかった。Aさんは、すでに数年前カウンセリングを受けに私のもとを何度か訪れていた。若く優秀なビジネスマンだった。自らITベンチャーを興し大きな成功を収め、その後より大きな企業のリーダーとして辣腕をふるっていた。当時まだ30代半ばの若さだったが、彼にはすでにリーダー然とした冷静な物腰が備

        • #23 習慣 ②

           「予防は常に治療に勝る」  これは、身体の健康を維持し深刻な病気の発症を防ぐための基本原則だ。どんな病気でも症状が深刻になってしまえば、市販の医薬品や近所のかかりつけ医に頼るだけでは対処できないため、より高度で専門的な治療体制の整う医療機関での長期でやっかいな治療が必要になる。だから、そうした事態を招かないよう日々のコツコツとしたケアや健康的な生活習慣が欠かせない、そういう理屈である。病の兆候は日常に少しずつ顔をのぞかせる。そうした意味では、ほとんどの病気が(生活)習慣の病

          #22 習慣 ①

           厚生労働省が3年に1度実施する統計調査「患者調査」の最新の集計結果(2020年調査、直近の更新2023年2月)によれば、精神および行動上の障害で全国の医療施設を利用した調査日現在における全国の総患者数は、入院・受診合わせて約503万人と推計されている。この数値は、550万人がピークだった2005年から実はほぼ一貫して漸減している。  患者数が減っていることは、ひとまず朗報であるには違いない。最新・最善の知見に基づく医療診断技術と治療法の進歩はめざましいものがある。また、近年

          #21 夢 ③

           相談に訪れる人が、意識的あるいは無意識的にせよ、自分が抱える問題の核心に踏み込めずにいるため、話しの内容が真実の周辺に留まってしまい、対話がギクシャクしてしまう場合がある。高齢の母親と二人暮らしだったEさんの相談は当初、母親の健康問題や今後の生活についてであった。だが、私は話を聞くにつれ次第に違和感を感じた。なぜなら話の詳細からすると、まずもってカウンセリング機関を相談場所として選択しようとは普通思わない内容に思えたからだ。社会経験も豊富で、職業的地位も能力も申し分のない相

          #20 夢 ②

           どのような相談の内容や精神的な症状の場合に夢を取り上げるかについては、決まっているわけではない。私の場合は、相談者本人が夢について話したい、その夢が気になったり見ることに苦痛を感じたりするなどと訴える場合にほぼ限られる。ただ、まれにだが、こちらから夢の話題を向ける場合もある。それは、相手がその日体調や気分がすぐれなかったり情緒的に不安定だったり、何をどう話してよいのか戸惑うといった、何らかの理由からカウンセリングがうまく進んでゆかなかったりするような場合の、一時期な方向転換

          #19 夢 ①

           人はその生涯のおおよそ3分の1もの時間を眠りという世界で過ごす。それは、残り3分の2のあいだの心身を健康な状態に保ち、私たちの明日を有意義で快適なものにするため、心身にすぐれた鎮静(痛)および疲労回復効果を与えてくれるものだ。「睡眠を制する者は人生を制する」とは私の勝手な言説だが、実際あながちまったくの誇張だとも思わない。私たちには、睡眠という時間を有意義に過ごす必要がある。  けれども、老若男女を問わず多くの現代人は、慢性的に睡眠不足だったり眠りの質や睡眠環境に何らかの問

          #18 孤独

           「孤独」の意味についていくつかの辞書を引いてみると、どれもおおむね、頼りになる家族や心の通じ合う友人や仲間がなく、一人ぼっちで寂しいこと、などと記されている。分かりやすい定義だが、その他に、孤独の「孤」はみなしごを指し、「独」は老いて子どもがいない人を元々は意味したとある。つまりかつては、家族身寄りのない一人ぼっち状態を主に意味する時代が長かったかもしれない。  私たち人間は、社会的動物といわれるように孤独にもともと敏感だ。孤独に対して容易に不安や恐怖を感じやすい生き物と

          #17 記憶 ②

           意識的であれ無意識的であれ、人が過去を正しく記憶・認識することに失敗してしまうのは、本人が「今現在」不愉快な状況に置かれており、本人にそうした不愉快さを受け入れるだけの精神的余力がないためだと感じることが多い(もっとも、今に苦しんでいるから人はカウンセリングに来られるのだから、これは当たり前といえば当たり前なのだが)。  人は、精神的ストレスや悩みを抱えつつも、そうした負担を軽減あるいは解消するためのなんらかの対処法を駆使しながら日常を送っていけるようであれば、過去を振り返

          #16 記憶 ①

           後年カウンセラーとしてキャリアを重ねるうえで、重要な2つの教訓を得ることとなった過去のあるエピソードと第一の教訓について述べ、さらにもうひとつの教訓が人の「記憶」に関係するものであること、エピソードを読んだ後ではそれは少し衝撃的な内容になるかもしれないことをあらかじめお断りした、というところまでが前回の内容である。  そこでまず、面倒でもどうかもう一度前回のエピソード部分を読んでいただければと思う(教訓(1))。エピソードの内容については、話を分かりやすく描写するために多少

          #15 複雑

           私がまだ二十代だった頃経験した、後年カウンセラーのキャリアを重ねるうえで重要な2つの教訓を得ることとなったあるエピソードがある。  当時私は、国の内外で起きる武力紛争や自然災害、飢饉や疫病に対する人道援助や救援を主な任務とする国際機関の日本支部の職員をしていた。ある海外出張からの帰国便の中で、ひとりの北欧出身の中年男性と隣同士になった。身なりがよくいかにも有能で多忙なビジネスマン風情といった雰囲気を醸し出す人好きのする落ち着いた物腰のその男性は、かなりラフな服装で乗っていた

          #14 背中

           精神的に困難や障害を抱え相談に来られる人に相対するときの難しさは、たとえば内科や外科など身体の病気で医療機関を受診する人との場合と比べるとわかりやすいかもしれない。病院では医師が患者の身体や患部を直接見たりさまざまな診察や検査を行い、病因や病名などを特定し治療方法を決めることができる。もし精神分野の専門家が同じように相手のこころや精神を直接あるいは何らかの手法を用いて見たり触ったりすることができるならば、その人が抱える問題や精神状態を明確に把握することはそう難しくないはずで

          #12 相手

             社会に生きるとはごく簡単に言えば、「相手がある」ということをさまざま受け入れて暮らしていくことだ。「相手がある」ことを気にせず生きることを難しくさせるように社会はできているといえる。  「相手がある」、つまり他者が存在していることにはメリットもデメリットもある。最大のメリットは、人が最も怖れる「孤独」から生ずるさまざまな不都合を味わずに済むことである。「ひとりではない」ことは、生存を維持するという意味での「希望」が持てる基本的条件のひとつだ。一方、個人の自由や意思、願望

          #11 喰 ②

           Aさんの伯父(#10)の場合、戦争と飢餓という究極の非日常的空間状況を「生きのびるために」食べるという過酷な体験によって負った心の外傷が、後の食行動の異常をもたらした。一方、食に充分満たされ、人々が快楽欲的に「食べるために」生きているような私たちの社会では、日常生活でさまざま体験する「生きづらさ」の苦悩と葛藤が、過食・拒食を含め「うまく食べづらい」という不可解な行動様式にときとして置き換わっていく。  人が摂食症(障害)に苦しむことになる原因や背景、きっかけは、確たる因果