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文化祭なんて、知らない。

文化祭で立ち回ることが得意な人はきっと
社会に出てもうまくやっていけるんだろう
なって、栞は思っていた。

クラスのみんなのことは嫌いじゃない。

でもみんなのことが好きなわけでもない。

栞は萩さんが苦手だった。

萩さんは文化祭のテーマを決めようってことに
なったときも、やりたいことのひとつも言えない
ようじゃ話にならないって、一人で怒りだした。

栞はこういう人、苦手だなって思った。

正義を叫びそうでこわかった。

文化祭はとかくもめるもの。

それは先輩から聞いていた。

イニシアチブとってくれる人にまかせていたら
いいんだよって宮君が教えてくれた。

坂入栞はさ、団体行動苦手だろう?

文化祭なんて、悪夢だろう?

ずっと教室のすみにいたタイプだろ?

黙ってたらじぶんについてのトリセツ案が
幾つもラインナップされそうだったけど、
遠くで鳴ってるサイレンのように宮君の
声を聞いていた。

いちど、萩さんから坂入はね汗をかかないの?
って聞かれた。

体質の話かと思ったら違っていた。

みんなが頑張ってる時に、涼しい顔されると
めちゃくちゃ腹が立つみんなの気持ちにも
なってくれる?

って言った。

みんな。

みんなの気持ちなんて知らねぇ。

みんなって何処にいるんだよ。

社会のために活躍してくださいな、萩さん。
心の中でそう呟いた。

心が磨滅していきそうだった。

はぁって言いながら、文化祭のことはじぶんから
ほうむった。

真夜中になっていた。

まよなかはみんなに訪れるのにいまそのことが、
まるでラジオの声を耳にしている時のように、
じぶんだけに訪れている気持ちになる時がある。

今日起きたことが、どんなにたいへんなことで
あろうとも

<たったそれだけの話>と思える瞬間があれば、いい。

宮君がぽつんと帰り際言った。

ちゃんと忘れてゆくことができる時間を確保することも、
いまのわたしには必要なのだと栞は膝こぞうに
顎をのっけて考えていた。

幼稚園の時、はじめて<線路は続くよどこまでも>を知った。

その歌詞を聞いた時、まだまだつづくのかって思って
これからどこかへとつづいてゆくことに、ちょっと、
おびえたのかもしれないし、

団体行動がおそろしく苦手だった栞は、そのどこまでも
つづく線路にそってどこかへと逃げたくなっていた
のかもしれない。

この間もふいにどこかのお店のテレビCМからその曲が
ながれてきたとき、ほんのり苦い思いが甦っていた。

幼稚園の記憶が未だに苦いのだ。

いまだに逃れることにあこがれを抱いているけれど。

そんな思いにかすかに手を差し伸べてくれているのが
真夜中という時間なのかもしれない。

フィリパ・ピアスの『トムは真夜中の庭で』には、
まるでトムよりも真夜中じたいが主人公のように
描かれている。

主人公のトムは弟が麻疹に罹ったので、おじさん夫婦の家に
預けられる。

とある夜、眠れなかったトムは、下の部屋に置いてある
おおきな時計の鐘の音を聞いていた。

その時、ちょうど12時だったはずなのに、それよりも
ひとつ多い13の鐘を打つ。

トムは勇気をだして下の階へ降りてゆくと、いままで
そこになかった庭が明るい光を射してそこにあった。

まるで呼吸をしている生き物のように時間が、突き進む。

<闇は光が修復できないものを復活させる>という言葉を
教えてもらったのは宮君ではなかったけど。

まよなかは、ひとのこころの傷をゆるやかに治癒して
くれるものだったらいいなと、栞はおぼろげに願っていた。

文化祭なんてぶっとばせ。

🍃     🍃    🍃


今日も小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」に
挑戦しております。
お題は「文化祭」から始まる冒頭分でした。
苦手な文化祭のことをすこしだけよぎらせ
ながら書きました。汗かいていないっていうのは
ほんとうにクラスメートから言われたことでした。

お暑い中お読みいただきありがとうございました。
お体ご自愛下さいませ。


    



 

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