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笑ってもらえた、一枚の絵コンテ。

働いて、笑顔になった瞬間って正直

思いだせない。

それはじぶんのなかに働くと「笑顔」が

イコールで結ばれていないせいかもしれない。

「働く」は「つらい」と仲良しで、手を

つないでいるのだから、「笑顔」の居場所は

そこに無かったような気がする。

でもひとつだけ思いだせること。

それは、このテーマにとてもそぐわないかも

しれないけれど。

広告の事務所に勤めていた時のことを思いだす。

職種はコピーライターで。

滑り込み、ちいさな会社に入社できた。

その会社の仕事内容は編集やラジオCМや、雑誌、

たまにテレビCМなどの仕事を受けることが

あった。

そのためには絵コンテを描かなければいけない

絵コンテ。

とても苦手だった。

書き込む必要はないのだけど、絵で内容を

伝えることができなかった。

これは就職前から知っていたことだった。

コピーライターの専門学校に通っている時も

絵コンテ課題があるときは、ラフスケッチに

絵の説明をキャプションのように字で

書き連ねていた。

テレビCМの世界に、いきたいわけじゃ

ないので、出来ないことを無理にできる

ようにすることに時間を費やすよりは、

描けないままで、言葉を伝える方に力を

入れればいいんだと思っていた。

就職しても、逃れようと思っていた

でも仕事として、絵コンテを描かなければ

いけない場面がやってきた。

公共広告のCМだったかと思う。

描けないなりに描いて提出した。

この仕事は落としてもかまわないと思っていた。

だって苦手なんだもんぐらいの感じで。

ほんとうに働くということを舐めていた。

同じ同僚の絵の上手なスーちゃんに任せれば

いいと、ちょっと捨ててかかっていた。

描いたものを、社長の洋子さんに提出した。

ドアの所から「お母さんが子供を見守る」

ラフスケッチらしきものを描いた時も、

社長はじめ、業者の人にまで、このお母さんは、

板の下敷きになっている?

そういう状況でしょうか?

ってマジで聞かれた。

板?

ではない。

得意先のHさんが、いらっしゃったときも

そのラフスケッチを眺めながら

これはわかったで、板やない

畳やな、畳の下敷きになってるんやろう?

って言われた。

なんで? って心の中でツッコみつつ

新人は動いてなんぼなんで、事務所の

ドアのところにすたすたと小走りで行き、

そのどうしようもないじぶんの絵コンテの

説明を身体でしていた。

こんなふうに、子どもを見てるんですって。

母を演じて見せた。

あぁ、家政婦は見たみたいな感じなんか!

って驚きを隠せない様子で。

絵コンテを我が身体使って動いて説明

しているのは、会社始まって以来

わたしだけだったらしく。

情けないけれど、ま、みんなが笑って

くれているからいいかって、その日は

そんなことを思っていた。

それからその会社をメンタル弱すぎたせいで

辞めることになった。

しばらくは叔父のデザイン会社に拾われたり

知り合いの事務所に席だけ置いてもらって

フリーコピーライターのふりした暮らしを

根無し草のように続けていた。

それから5年。

初めて務めた会社の洋子さんから電話を頂いた。

雑誌掲載のお店取材で人手がたりないとのこと。

あの事務所に集ったのは以前、いっしょに働いて

いた先輩のスーちゃん。

スーちゃんは自分の会社をもっていて。

地元のラジオ出演するぐらいの売れっ子に

なっていた。

ふたりだけの同窓会みたいな感じで、元の

会社に違うメンバーと一緒にあつまった。

一息ついた時、社長の洋子さんは、

するするすると請求書を収納するアルミの

蛇腹製のボックスを開けた。

そのボックスは働いている頃とまったく

同じ場所にあった。

部屋のすみずみにわたしのうまくいかなかった

コピーライター1年生の苦い思いが染みついて

いるようで、痛くて懐かしかった。

あの頃と違うのは、過去のわたしのだめさを

棚に置いて、もう一度洋子さんががチャンスを

くれたことだった。

あの頃よりはすこしだけ、ましな文章が

書けるようになっていると思ってくれて

いたことが、ありがたくてたまらなかった。

敗者復活戦がそこにあったのだ。

洋子さんは、おもむろに請求書のその

ボックスの上段から一枚のぺらぺらの紙を

机の上に出してきた。

うっすらと記憶が甦る。

ボンちゃんこれ、あんた覚えてるか? って、

その一枚のなんでもないA4用紙をわたしに

みせた。

え?

わたしの目の前にあったのはあのどうでも

いいようなでたらめな、それでも必死に

描いた誰にも伝わらなかった一枚の絵コンテ

だった。

あの時の絵コンテですやん!

なんでまだ持ってはるんですか?

ってびっくりして声にしていた。

洋子さんは、そんなん捨てられるかいな

って笑う。

その紙を手にしながらもうすでに笑っていた。

新入社員が一生懸命描いたものを捨てられ

なかったのかと思っていたら。

これな、みてるとな。笑えるねん。
だから請求書のボックスのいっちゃん上に
いれてあるねん。

笑えるためかい!って心の中で呟いて

いたら。

これ見てたら、ぼんちゃんの顔が浮かんで

来るねんでって。

洋子さんがまた笑っていた。

だから、厳しい請求書の上に置いてる。

今はお守りみたいになってるよ。

わたしは会社になにも貢献できなかったし、

役にも立っていなかったと思う。

わたしを育てるために費やした投資も

なにも返すことがないまま退社して

しまったような人間だけど。

働いて笑顔になった時ってもしかしたら

あれが初めてだったのかもしれないと

そんなことを思うのだ。

仕事とは何ら関係ない場所での(笑)だった

けれど。

笑ってもらうことで洋子さんの気持ちの

役に立てたような気がして、すこしだけ

うれしくなる。










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