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もう二度と恋はしないと決めた朝、君がうたってくれた歌。

忘れっぽいのだ。

ひとつのことをし始めると夢中になって

もうひとつのことを忘れてしまう。

そして、カレンダーを見ていてふいに

昨日は君の誕生日だったじゃんって想い出した。

ぼくんちって、あんまり昔のことを覚えていない

家系なんだよねって君はいつだったか笑ったね。

忘れたと思うけど、君がまだ幼稚園生だった頃の

話。

前の日、大阪から神奈川のきみんち方面に遊びに

来ていて。

その日はクリスマスで。

憧れていた人に会うためで。

夏にも会っていたから冬が待ち遠しかった。

物語を書く人を好きになって。

クリスマスの夜、静かな居酒屋で飲んでいたら

その人の佇まいが、あたりの空気と一体になって

いて。

うまく言えないけれど。

昔からその人のことをすごく知っているような

そんな気がして。

こぼれそうな時間を大切にしたかった。

夏にはその人が鏡をみているかと思ったって

わたしのことをそういった。

顔じゃなくて性格が激似だねって。

その人の隣にいると、辺りの空気とその人の

輪郭線がはっきりみえるような気がした。

おかしいんだけれど。

輪郭線のある絵があるとしたらその輪郭線を

なぞっているような気分だった。

でも、その人をそんな夜の何時間後にわたしは

失なってしまう。

言葉で言い争いをした。

言葉でご飯を食べている人に勝てるはずは

なかったのに。

鏡は鏡でも、わたしが見ている鏡とあの人の鏡は

ちがうのに、どこかで同じだと錯覚したんだと

思う。

死角がみえていなかった。

好きになりすぎるとそれは、たちまち幻になって

蜃気楼めいたさびしい気持ちが襲ってくる。

君の家に夜遅く辿り着いたのは、まさにそんな

どうしようもない壊れ物みたいな心の時だった。

君のママはその日の夜、わたしを温かく迎えて

くれて。

朝になったらわたしが寝坊して、遅い朝食をとって

いたら君はわたしの前に座って、パンのおいしい

食べ方を教えてくれたね。

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バターとイチゴジャムを塗るんだよとか。

ミルクはいっぱい入れた方がいいんだよとか。

冷蔵庫を開けてフルーツを入れたタッパーを運んで

きたりしてくれて。

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なんだか、ねぎらわれているみたいで昨日の夜の

出来事もどこかで忘れそうだった。

そうこうしていたら、きみのママがわたしに言った。

お義姉さんにシュウがみせたいものがあるらしいん

ですって、きみの顔を見た。

きみはさっきまでの明るい表情をすこし失って

ちょっと緊張しているみたいだった。

クリスマスにもらったおもちゃかなって想像して

いたら、君はずりずりと部屋の後ろへと

後ずさってゆく。

君のママは、なに? 恥ずかしいの?って

笑いながら言う。

わたしは、きみの顔をじっとみていたら、きみは

ドアの半分うしろに隠れたんだよね。

半分だけそこから顔をだしていた。

そして、息を整えるのがわかった。

なにが、はじまるんだろうって思っていたら。

声が聞こえた。

声に節がついていて、それは歌なんだなって

わかった。それもあの歌だって。


僕らは 愛の花 咲かせようよ
苦しいこと ばっかりじゃないから
こんなに 頑張っている 君がいる
かなわない 夢はないんだ
うまくいかない やる気もおきない
そんな毎日 へこむ時でも 朝はやってくる
僕を待っている 

たどたどしかったけれど

言葉とリズムをつなげていたら

Kinki Kidsの『フラワー』だった。

幼稚園の運動会でふりをつけて覚えた歌を

わたしに聞いてほしかったらしい。

びっくりした。

わたしの昨夜のことをシュウ君は知って

いたのかと思ったよ。

ちょっと泣きそうになって、ちょっとこらえた。

シュウ君のあの歌の贈り物はちょっと天からの

贈り物のようで。

誰かを失ってからその輪郭がくっきりとするって

ほんとうになんだろうって。

できれば何も失いたくないのだけれど。

いなくなったものたちってすごく、ずるい。

だっていなくってからずっといなくなって

ないんだってことに気づかされて。

形なきもの声なきものなのにずっといるなんて。

でたらめだよねって。

ずっとそんなことを思っていたんだけど。

そしてあれからずいぶん月日がたって。

いつだったけ。シュウ君をコンビニで見かけたよ。

君はもう大学生になっていて。

隣には彼女らしきひとがいた。

君がその彼女を守っているんだなって感じが

たくましくて微笑ましくて。

仲睦まじかったから、わたしは声をかけられ

なかったけれど。なんか幸せそうでよかったって

思った。

そして、君が幼稚園生だった時に歌ってくれた歌を

心のなかでくちずさんでいた。

すてきな愛の花咲かせてね、でも、もし咲かなくても

ぜんぜん平気だから。

わたしだって今はこんなに平気なんだから。

そうだ、また忘れそうになっていた。

シュウ君、一日遅れだけどお誕生日おめでとう!

あの空の どこかどこかを すみかにしてる
吹く風が 透き通る羽根 躍らせながら

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