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「正解探し」はもうやめよう 〜数学的思考トレーニング 問題解決力が飛躍的にアップする48問


著者からのメッセージ


あなたは「自分探し」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。私は何度もあります。私はこの表現にずっと違和感を覚えていました。自分を探す? どういうこと? 自分がどんな人間なのか、何が向いているのか、どこに向かうべきか、そんな問いの答えを「探す」ということなのでしょうか。おそらくそうなのでしょう。

それでも、私の違和感は消えません。なぜか。それは「探す」ものではなく自ら「作る」ものではないのかと思うからです。

×  自分がどんな人間なのかを探す    
○  自分で「なりたい人間」になる(自分を作る)
×  自分は何が向いているのかを探す    
○  自分で「特技」なり「長所」なりを作る

×  自分はどこに向かうべきかを探す    
○  向かう“べき”ところなどなく、ただ行きたい方向に行けば良い

私の考えは間違っているのでしょうか。どこにも存在しない正解を探すのではなく、他の誰でもない自分自身で正解は作っていくもの。そう思うのは私だけでしょうか。そんな思想から生まれたある書籍をご紹介します。恐縮ながら、この記事を書いている本人の著書です。

「なんだよ宣伝記事か」と思ってここで読むのをやめるのも選択のひとつです。でも、冒頭のメッセージに少しでも感じるものがあれば、ぜひ最後までお付き合いください。きっとあなたは優秀な人物でしょう。だからこのような類のテーマについて持論もある方でしょう。同じ部分もあれば違う部分もある。そんな知的対話って、そこそこ楽しいことだとは思いませんか。では始めます。



深沢真太郎です

著者である私の簡単なプロフィールです。知っている、あるいは興味ない、という方は華麗にスルーして先にお進みください。



「正解探し」はもうやめませんか

昨年の成功法則が今年は当てはまらない。そんなスピーディーな時代になりました。本当はちょっと前のことなのに、だいぶ前のことに感じる。そんなことはたくさんあります。

ちなみにあなたは昨年の流行語大賞にノミネートされた言葉をどれだけご存知でしょうか。代表的なものとして、以下のようなものがあります。

計画運休

闇営業

○○ペイ

確かに言われてみれば去年だったかもしれない。でもなんだかずっと遠い過去のような気がするのは私だけでしょうか。あっという間に時代が変わる。それはすなわち、ある瞬間の「Good」はすぐになかったものになる。ある瞬間の「正解」はすぐに「不正解」になることを意味します。

だから私たちは「正解」を探すことに意味はない。正解が重要なのは学生まで。いいえ、学生ですら正解を求めることに価値はなくなった。私は教育者としてそう思います。皆さんはいかがでしょうか。


正解探しのメカニズム

私のこの主張は少しも特別なことではなく、多くの方がされています。ですがここでほんの少しだけこの「正解探し」を深掘りしてみようと思います。ほんの少しですから深掘りではなく浅堀りでしょうか。浅堀り? そんな言葉あるのか? 知らんけど。

なぜ「正解探し」はこの世に存在するのか。あなたはどんな持論をお持ちでしょうか。私の考えを少しだけ聞いてください。

例えば転職しようかどうか悩んでいる人がいたとします。今がとても不満なわけではないがチャレンジしたい気持ちはある。転職すべきかどうかという問いに対する答えを出し、実際に転職したとします。しかし残念ながら転職先での自分が思っていた姿ではなかったとき、おそらくこの人物はこの転職を「失敗だった」と定義するでしょう。誰だって失敗は怖い。つまり答えを出そうとすることは、恐怖との戦いを自分に課すことを意味するのです。

このように人生には、行動しなければ痛みを伴うことはないが、行動することによって痛みを伴うことがたくさんあります。何かしら行動すれば必然的にその行動の結果が生まれます。その結果が望むものであるときもあれば、望まないものであるときもあります。後者は「痛み」です。誰だって痛みを感じたくはないし、痛みを感じることは恐怖です。

答えを出してしまうと行動しなければならない

それは怖い

だから「答え」を出したくない

絶対に失敗しないような正解を欲する

どこかにそれがないかを探す

しかしそんなものは存在しない

これが私の考える、「正解探し」のメカニズムです。



成長とは「痛み」である

子供も大人も、行動しないと成長しない。これは真実だと思います。新入社員はまずやってみて経験を積まなければ成長しない。管理職も勇気を持って経営層にモノを言ったり、行動をしていかなければ成長しない。そうですよね。

成長=行動

しかし、先ほどお伝えしたように、行動することは痛みを伴います。

行動=痛み

ゆえに、このような結論を得ます。

成長=痛み

私は「成長とは痛みである」と言語化しています。それはこの(ほんの少しばかりの)数学、いいえ論理で得たものです。

「正解探し」はその人の行動を止めます。行動が止まることは痛みを感じない人生を選ぶことを意味します。それは、成長を放棄する人生を選ぶことと同義です。大きなお世話と言われればそれまでですが、そのような人生は、果たして幸せなのでしょうか。私はひとりの大人として、未来(そして現在)のビジネスパーソンを教育する立場として、心からそう思っています。だから解決策を提案したい。それが、ご紹介する1冊の本です。


数学的思考トレーニング 問題解決力が飛躍的にアップする48問

カバー画像 数学的思考トレーニング



「数学的思考」というソリューション

おそらくは、なぜ数学的思考なのかという問いがここで生まれるでしょう。当然です。その問いの答えは本書にてしっかり書いておりますが、エッセンスだけご紹介します。

定義
分解
比較
構造化
モデル化

数学は上記5つの思考法を教えてくれる学問でした。もちろん数学で得られるものとして「そうじゃない」というご意見もあろうかと思います。それはそれで認めます。誰も間違っていない。だから私のこの主張も正しいか間違っているかはわかりません。私はこう定義していますというだけの話です。ご興味あればぜひ本編を読んでいただき、感想をお寄せください。

さて本題。

なぜ数学的思考なのか。なぜ上記の5つの思考法が身につけばOKなのか。少しだけエッセンスを解説をしてみようと思います。

あなたにとっての幸せとはなんでしょうか。幸せを定義してみてください。ここで重要なのはその答えではありません。自分の幸せを定義できていない人は、いつまで経っても自分が幸せなのかどうかわからないし、幸せになるために必要なことを始められません。

定義しないと始められない。

これは数学の極めて重要な特徴のひとつです。例えば素数とは何か。素数を定義しないことには素数に対する議論や研究を始めることができません。実は数学とは、定義することからすべてが始まる学問です。

この考え方は人生やビジネスの様々な場面で存在する真理です。例えばビジネスでの商談。商談とは何か。提案資料とは何か。説明とは何か。クロージングとは何か。すべてが明確に定義できていなければ、営業マンは商談の準備を始められません。なんとなく始めた準備で臨んだ商談がうまくいかないことは、ビジネスパーソンの方ならよくご存知のことと思います。

このように、数学における思考のルールや特徴は、実は私たち人間の人生において極めて重要なものになっているのです。しかし多くの方はそれを知りません。数学という言葉を聞いただけで、「私は文系だったのでそういうのはムリです」と心のシャッターを閉じてしまったり、「エンジニアや研究者になる人だけが勉強すればいいもの」と思い込んでいる人もいたり、「中3で挫折しましたあはは」という感想しか出てこない人もいたり。

誤解されています。

数学は、誤解されています。

数学は、あなたのすぐそばに存在します。考えているとき。話しているとき。仕事をしているとき。最愛の人とデートをしているとき。食事をしているとき。歩いているとき。実に様々な瞬間に、あなたは頭の中で数学をしているのです。

まずはそのことをしっかり知ること。そして頭を数学的に動かすことができるようになること。それさえできれば、正解のない人生において、難しい問いにも自分なりの答えを出すことができる。私はそう思います。


いかにして問題を解くか

数学に明るい方、あるいはビジネス書がお好きな方などは、この名著をご存知でしょう。

「いかにして問題を解くか」 G.ポリア著 丸善出版

完読するにはなかなかに骨が折れるかもしれませんが、興味ある方はぜひ。

著者のジョージ・ポリアはハンガリー出身のアメリカの数学者です。数学とは問題を解決する術を教えてくれる学問であり、決して理工系の人間だけが学ぶお勉強ではないことがこの本が「名著」と評され続けていることからも明らかでしょう。

なぜ数学的思考なのか。

数学は、問題を解決する術を教えてくれる学問だったから。そして私たち人間は、常に正解のない問い(問題)を前に、どうにかして答えを出し、行動し、時には痛みを感じながら、それでも別の答えを出し、行動し、果実を手にする生き物です。

問題を解決する術。

これが不要な人間は果たしているでしょうか。おそらくいません。つまり数学的思考が不要な人間など、この世にひとりもいません。もちろんこの記事をここまで読んでくださったあなたにも必要ですし、あなたの大切なご家族やご友人にも、必要なものです。

大切なことです。とても、大切なことです。だから私はこの記事を書いています。だから私は著書でそれをひとりでも多くの方に知ってもらいたいと思っています。


「トレーニング」にこだわる理由

ただし、知ってもらうだけではダメなのです。実際に頭が数学的に動かないと意味がない。頭を動かすとは、筋肉を動かすようなものです。だから少しばかりの訓練が必要になります。私が様々な企業研修で提供しているコンテンツのほとんどが「トレーニング」仕立てになっているのはそのような理由によるものです。

例えばなんらかの数字を見たとき、「分解」という思考が訓練されている人は、売上を因数分解して単価・来店数・購買率などの数字で分析をすることができます。「比較」という思考が訓練されている人は、業界の平均や同社の前年との比較をすることでその数字の正しい評価をすることができます。

いまこのような文章で書けば誰もが極めて当たり前のことのように思います。「私もそのやり方は知っている」「まあ確かにそうね」と誰もが思います。

でも重要なのは、いざその場面に遭遇した時に、瞬時に、本当に、頭がそう動いてくれるかどうか、だと私は思います。知っていることとできることは、あまりに大きな差があります。せっかくご縁あってこの記事を読んでいただいたあなたには、興味を持っていただき書籍もお読みくださったあなたには、やはりそのレベルにまでたどり着いて欲しいと願います。

だから今回の新著は「トレーニング」をテーマにしてまとめています。

勉強ではありません。トレーニングです。筋トレと同じです。身体に覚えさせます。だから楽しい必要もあります。つまらない筋トレなど、誰もやろうとしませんから。

今回の新著には以下のような人物が登場します。

木村拓哉さん。

新垣結衣さん。

稲盛和夫さん。

誰もがご存知のこの方達を(ある意味で)使って、楽しくトレーニングができる問題(難題?珍題?)が用意されています。ぜひ遊び感覚で、楽しんで、トレーニングに参加していただければと思います。



ずっと逃げていた「問題」はありませんか

最後に。

あなたには、これまでの人生においてずっと逃げていた「問題」はありませんか。

「忙しいから」

「ちょっとめんどくさいから」

「いつかは考えようと思っている」

そんな言い訳をして、答えを出すことから逃げ続けてきた問題はありませんか。例えば受験。就職。転職。結婚。離婚。引っ越し。高い買い物。人生にはいくつも「正解のない問題」が存在します。答えを出さずに逃げ続けるのもひとつの選択です。それでいいと納得できていれば。

でももしそうでないのなら、どこかで「ああ、向き合わなきゃな」と思っている問題を放置しているのなら。いい機会です。向き合ってみませんか。勇気を出して、答えを出してみませんか。答えを出す頭の使い方を身につけた後でいいので。

世界の皆さん、正解探しはもうやめましょう。

最後まで読んでくださりありがとうございました。たったひとりでも、どなたかの人生が変わるきっかけになる内容であれば嬉しいです。







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