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客観的には語れない。全部主観で語ります/映画『Dr.コトー診療所』鑑賞

流行り病にかかってしまい、年内の鑑賞をあきらめた映画『Dr.コトー診療所』を、ようやく観に行くことができた。

(以下、映画の内容を含みます。これから鑑賞する方は飛ばしてください!)

ドラマから繋がっている世界線

大きなスクリーンで見た志木那島の深いブルーは、私が18年前にロケ地の与那国島を訪れたときに見た色と変わらなかった。電動自転車で往診に出かける白髪のコトー先生の姿は、あれからの年月を思わせ、家族となった看護師・彩佳との子どもがもうすぐ生まれる。

彩佳の父・正一と母・昌代、剛利、茉利子、シゲさん、和田さん、坂野さん、元村長(←演じている坂本長利さん、ウィキってみたところ、なんと御年93歳! しかも誕生日が鳴海先生と同じ!!)まで、何も違和感がない。

ドラマが終わった後も、みんなこの島でずっと暮らしていたんだ。自然にそう思えて、序盤からスクリーンが涙で滲む。いや、吉俣さんの劇伴が流れた時点ですでに涙腺アウト。熱くなった目頭をおさえても涙は止まらない。あきおじの藁草履、昌代さんの玉子焼き、私の好きなあのアイテム(ヤ〇〇〇ラー〇〇)も健在だ。

新キャラ登場でリアルな時間軸を感じる

ドラマの登場人物やスタッフが再集結しての映画化。しかしながら、映画は彩佳の後輩で島育ちの看護師・西野那美と、研修に来た医師・織田判斗という初登場の2人の絡みから始まる。これがとても良かった。年月の経過を感じさせてくれる彼らは、生田絵梨花ちゃんと髙橋海人くん。

判斗は一見チャラく見えるのだが、研修中ながら腕は確か。そして彼の発したことばによって、島民たちはへき地医療の深刻さを突きつけられる。判斗は、長年島民の命がコトーの自己犠牲によって成り立っていることを指摘。それでも島民たちはコトーに頼るしかないのが現状で、どうすることもできないもどかしさが、後半かなりヘビーに描かれていた。

ありがとう富岡くん。成長した剛洋

懐かしい人の登場に歓喜しつつも、コトー先生の病気や診療所の統廃合といったストーリー展開に、不穏な空気が続く。そして、私がもっとも映画化で気になっていた剛洋の近況。コトー先生との出会いから医者を志す彼の身に起きたできごとに、胸が押しつぶされそうになった。父・剛利や島のみんなの期待を背負い、挫折しそうになりながら医大に進学した剛洋。

「父さん、ボク、ボク……」

あるできごとから島に帰ってきた剛洋の、うつむき気味に語る口調が子どもの頃のまんまだ。「剛洋の帰る場所はここでいいんだよ。いつでも帰ってきていいんだよ」と、心の中で何度もつぶやいた(もちろん泣きながら)。この映画だけのために役者復帰した富岡涼くん、それを後押しした彼の勤め先の方々には感謝しかない。富岡くんの演じる剛洋がいなければ、この映画は成立しないから。

それにしても、原親子の葛藤にはいつも互いへの愛が詰まっていて切ない。2人を心配しながら見守る茉莉子や、助け船を出す島の人たちのやさしさにも、ほろりとさせられる。

けれど今回、コトー先生が剛洋にかけたことばは重すぎて辛かった。剛洋の存在は、島の医療を守る先生にとっても、大きな大きな希望だから。

次々とコトーを襲う困難

過疎高齢化の進む島の現実を突きつけられても、結局それはスクリーンの中で解決することはない。だけど、どんなに現実が過酷でも、コトー先生は目の前の命と向き合ったら絶対に諦めない。

劇中の「必ず全員助けますからね」という先生のことばは、決して軽々しく言ったわけではないはず。この人は本気だ。ただ、彼にしては少々無謀な発言のようにも感じた。かつて彩佳のオペで取り乱した先生を思い出す。個人的な解釈だけど、この「必ず全員助けますからね」は、家族ができ、病魔に侵された自分自身へのことばにもなっていたのではないか。私はそんな風に捉えた。

自己犠牲と言われようが、彼は島民とその家族に寄り添って生きていたいと思っている。やさしさから、彩佳にはあまり本音を言わない先生。これは昔からそうだった。ところが後半、いつもは冷静な彼の中で、家族への愛情と本音があふれるシーンがある。胸の内を彩佳に吐き出すコトー先生を見て、「あらゆる困難を乗り越えてきた先生だって、人間なんだ。毎日命と真摯に向き合い、さまざまな思いを抱えてきたんだろうな」と、彼が医者として島で担ってきた20年を慮り、また涙があふれるのだった。

だめだ。スクリーンを眺めながら、私はずっと泣いていた。登場人物たちのことが好き過ぎて、完全に贔屓目。フラットな気持ちで感想なんてとても書けない。

吉岡秀隆の圧倒的な凄み

台風の夜、診療所が野戦病院と化す終盤、フラフラになりながらオペを開始する壮絶なシーンでは、あのつぶらな瞳の柔和なコトー先生の表情が豹変。驚くほどの目力に、朝ドラ『エール』に出演した際の吉岡さんの凄みがよみがえる。

前にも書いたけど、忘れられない彼のエピソードがある。昔、堺雅人さんが披露した、『Dr.コトー診療所』で共演した吉岡さんとのエピソード。「どうやったらそんなに号泣する演技ができるんですか?」と尋ねた堺さんに、「役の状況をすごく客観的に考えるよね」と答えた吉岡さん。堺さんは「この人には一生敵わない」と感じたという。ちょっと演技をズルしようと思って聞いたのに、答えがあまりにも真っ当で実直なものだったからだ。

今回、吉岡さんは、オペシーン冒頭で体が震えて涙が止まらなくなり、台詞がまったく出てこなくなったこと、それを筧さんや柴咲さん、スタッフが助けてくれたことを番宣などで度々話していた。私は、先述の堺さんの話とつながるエピソードだなと思いながら聞いていた。劇中の状況を考えると、演じる吉岡さんが震えるのも無理はない。完全に、そのときの彼は全島民の命を背負ったコトー先生なんだから。

ラストの解釈は真っ二つ

彩佳は無事に出産できるのか、病を押して人々の治療にあたるコトー先生はどうなってしまうのか、そして剛洋や判斗のその後は?

鑑賞後、ラストの解釈が自分の中で2通り生まれた。どっちなんだろう。その答えをどうしても見つけたくて、その後公式パンフレットをはじめ、さまざまな記事を読んだ。出演者と監督のインタビューが掲載された「キネマ旬報」で、中江監督は「観た人全員の解釈が正しい」と語っているが、吉岡さんのページを読めばラストへの思いが伝わってくる。「ああ、そういうことなんだな」と腑に落ちた。そして、なぜドラマではなく映画で完結としたのかについて、監督の出したコメントにもグッときた。このキネマ旬報(No.1912)は、コトーファン必読かも。

エンディングで「銀の龍の背に乗って」が流れると、歌詞が作品にリンクしていることを改めて思い知らされて、また泣けてくる。私には、あっという間の2時間14分だった。

***

ここに書いても伝わらないかもしれないけれど、いつか制作に関わった方々に、鑑賞した私の気持ちが伝わりますように。再び大好きなコトー先生と志木那島の人たちに、しかもきちんと年月を重ねたみんなに会わせてくれて本当にありがとう。これが最後だと思うと寂しい。だけどこれからも、彼らは私の中で生きていく。

※ヘッダー画像は18年前に与那国島で撮影し、以来ずっとわが家に貼ってある診療所の写真です。ポジフィルムで撮影したものをプリントしたもので、色褪せちゃったけど毎日見上げている写真です。

これまで書いた『Dr.コトー診療所』に関する記事はこちら。


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