マガジンのカバー画像

文の文 1

402
文というハンドルネーム、さわむら蛍というペンネームで書いていた作文をブラッシュアップしてまとめています。
運営しているクリエイター

2019年5月の記事一覧

MRI

MRI

 
悪性腫瘍で顎の骨を切り取る手術をしたのち、再発はないが、毎年MRIかCT、アイソトープを使った骨の検査を行っている。

恒例となってしまった頭部MRI検査の日。加齢とともに、これがなかなかにこたえるようになってきた。

頭を固定されてドームのなかに、火葬場の棺のように突っ込まれて、カチカチジージーという音を聞きながらの一時間。これは拷問に近い。

いったい、いまさらわたしになにを吐けと言わ

もっとみる
終う(しまう)ということ。

終う(しまう)ということ。

遺品整理の日、思い出したことがある。

*****

駅むこうにはビルが立ち並んでいる。

そこいらあたりの風は歩道にあるものを巻き上げるようにして吹きぬけていく。秋から冬へ向かう風にそこを行くひとはみな身を硬くする。

日影になった一角の閉まったシャッターの前に青い綿入り半纏を着た老人が立っている。

シャッターの上には弁当屋の看板がある。

もとは黄色だったらしい地の上に赤く店の名が書かれてあ

もっとみる
家なきひと

家なきひと

そんな時代もあったと思い出す。

*****

大きな駅の階段の中段あたりの右端に、ホームレスとおぼしきひとがいる。 

何度も見かけるそのひとは階段に腰を下ろしているのだが、いつも膝を抱き、体を二つ折りにして頭を垂れている。そしてずっとそのままでいる。

人目に付かぬよう、自分の体をできうるかぎり小さくしようとしているようだった。身を堅くしてなにもかもを拒否しているようにも見えた。

その背が纏

もっとみる
その後のこと

その後のこと

シンデレラ姫って結婚した後、ほんとうに幸せに暮らせたのかしら?と思うことはよくある。身分違いは不幸のもとのような気がするから。適応障害とはいかないまでも、気苦労が絶えなかったんじゃないかしらって。

シンデレラの義理のおねえさんたちは、選ばれなかった不幸を嘆きながらも、なんだかんだいいながら、義理の妹が王子の嫁さんなのよ!なんて自慢話しながら、けっこう逞しく生きていったかもしれないな、と思ってみた

もっとみる
大言壮語

大言壮語

加齢はいかんことかね。それはマイナスにだけ向かうことかね。

老いはだれのうえにも降り降りてくる時間の塵だ。

日々使うものに手垢がしみていくように、加齢はひとの身体を美しくないほうへ変えていく。

「こんな身体になってしまいました」病んだ姑はかなしそうにそう言った。

「こんな身体」と向き合うせつなさを支える精神を持たねば、老いは哀しみでしかない。

老いが来る前に思いがけず片方の顎を失い「こん

もっとみる
坂道

坂道

午前中の早い時間に公園そばの長くゆるやかな坂道を上っていった。と、前に人影があった。人通りのない坂をそのひととわたしだけが上っていた。

左右に揺れながら歩くその姿に落ち着かない思いがした。なんだか遠近法が乱れているような感じだ。

あ、ちいさいひとだ、と思った。侏儒といっただろうか。背中に長く髪をたらした女のひとだった。

ズボンをはいた足がなにか理不尽な大きな力に押しつぶされたようで、体のバラ

もっとみる
小説って。

小説って。

小説教室に通い始めてしばらくしてから、あらためて、小説について書かれたものを読んだことがある。

いや、そういうのを全く読まなかったわけではない。小説の書き方(井上光晴)「短編小説講義」(筒井康隆)「短編小説のレシピ」(阿刀田高)とか、そうそう、スティーブン・キングのも読んだ。

読んだけれども、そういうものなんだな、とは思えてもあまりピンとこなかった。

教室では、実践あるのみ、とばかりにまず、

もっとみる
夜に

夜に

いささか体調悪く
ごろごろと日をやりすごす。

とはいえ、暮らしに必要なものは
求めにいかねばならない。

片頬のわたしは
外に出る時は武装をする。
元気がないときは
そんなことがわずらわしい。

だから、夜、おつかいにいく。
風が吹き髪をかきあげ
武装をしない片頬をさらす。

ああ、くらがりはやさしい。
誰の視線も刺さらない。

遠く団地の風鈴が鳴る。
ちがった音色がいくつも聞こえてくる。
それ

もっとみる
不安

不安

映画館へ行く途中で、尾てい骨の上辺りがひどく痛み、左足が痺れて棒のようになって、まことに歩きづらくなってしまった。

すらりとあしながの若人がスッスッと歩を進める歩道の端っこに寄って、おばさんは顔をしかめてうつむいた。

新宿駅からは10分ほどの距離なのに、たったそれだけなのに、左足が言うことをきかない。なんてことだ。

このしびれを整形医に訴えたら腰痛から来ているとのことで、血流を良くする薬は飲

もっとみる
友情

友情

いつだったか、

「女の人はグループの誰かが褒められたら
自分が貶されたように感じる傾向がある」

と、専門家が言っていた。

それを聞いて、いやあ、そうだったのかあ、とほっとしたりした。

というのも、その通りのこころもちになってしまう自分をなんてひがみっぽいやつなんだあ、とずっと恥じていたからだ。

あたしの周りの強くて素敵な女子たちはごくごく自然に「ひとはひと、自分は自分」と口にする。

もっとみる
定見

定見

いつだったか、川上弘美さんが
「自分は定見を持たない」
みたいなことを言っていた。

ほう、と思い、にやりとした。

定見というのは「人の意見などに簡単には動かされない、しっかりした考え」である。

あたしには強くて素敵な女子の友人たちがいる。彼女たちといっしょにいると、あたしはいつだってそのしっかりした考えに簡単に動かされてしまう。

「そういわれてみれば、そうかもしれん」と、ことごとく、御説ご

もっとみる
うそを重ねる

うそを重ねる

見よう見まねでうそばなしをしたてあげる。うそはほんとにむずかしい。

おはなしはどれもうそなのだけれど、 読み手がだまされたくなるようなうそなんて、 そうそうつけるもんじゃないのだと感じ入る。

大うそつくには度胸がいる。 記憶力もいる。うそのつじつま合わせに汲々とする。

それでもなんだかうそは愉快だ。うそをついてはなりませんといわれて育った自分が、いいのかしら、なんて思いながら、山ほどの

もっとみる
ぶらんこ

ぶらんこ

風がやんだ雨上がりの夕方5時、チャイム『ななつのこ』が鳴る頃 、おつかい帰りの道筋のうす暗くなった公園に人影はなく、ただ向こう側の出入り口に黒い犬を連れたおじいさんが、ゆっくり歩く姿が見えた。

公園のこちら側には、座席がふたつ並んだ小さなぶらんこがある。

ふたつのぶらんこには誰も乗っていないのに、ふたつそろって、シンクロするようにリズム良く揺れ続けていた。

だれか仲よしさんふたりが、

もっとみる
銛

昔、コマの心棒を踏んでしまったことがある。 金属の棒がずぶりと足の裏に刺さった。 痛くて外科に行くと中国人の医師は、ためらいなく、その部分を切開するといった。

「アナタノ アシノウラノ カワガ ハイッテマスカラ ソレ アルト ウミマスカラ キリマス」

たとえ自分の体の一部であったものでも 、そいつは異物とみなされて白血球の攻撃を受けるからだという。

そして麻酔なしで 足の裏を切り開かれ

もっとみる