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ホタルの光が消えるとき

▼前回のお話

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2020年の初夏。Buddy'sに参入する前の私は転職活動の真っ最中だった。奇しくも某ウィルス騒ぎと被っており、きっとすぐには決まらないだろうと思い、ゆっくりと、でもちょっと急ぎながら、久々の余暇を持て余していた。

実家にいることが増えた私は、夕方になると父が決まった時間に外出していることに気づいた。買い物をするわけでもなく、誰かと会っているわけでもないようだった。いったいどこで何をしているのだろう、と不思議に思い、ある日の夕方に聞いてみた。

「いつもこの時間になると出かけているけれど、なにしてんの?」

「ホタルの幼虫だよ。今の時期は、川から幼虫がぞくぞくと上陸してるから、それを観察しに行ってる。たまには来る?」

「うーん、ホタルの幼虫か・・・行ってみようかな」


私の父はホタル愛好家だ。私が生まれる前から、仕事の傍らホタルについて研究をしている。つまり謎のおじさんである。

ここで一先ず、ホタルについて少し説明がしたい。
私たちがイメージするホタルは、「飛びながら光る風流な虫」である。しかし実は、飛んでいない時も光っている虫である。ホタルは、羽を休めている時に限らず、卵、幼虫、蛹、成虫、とすべての段階で光っている。
とりわけ、ゲンジボタルやヘイケボタルの幼虫は、水辺に棲息し、成虫になる前に一度陸に上がる。その後、柔らかい土の中でゆっくり時間をかけ、蛹になる。そして、蛹になってから10日ほどで成虫になり飛び出す。

父は、毎年決まった場所に行きどれくらいの幼虫が成虫になるのか観測していた。その増減から、周辺地域の環境にどのような問題が起きているのか予想を立て、周辺地域の環境保全活動を行ってきた。


5月初旬の夕方、父の運転で私は深い深い山の中へと向かった。私は生来東京のはずれにある山に囲まれた地域で育ち、生活してきた。そんな私でも、「えっ、こんな山奥なの??」となる場所だった。

「よし、ここに車を止めよう」

そこは車を止めるような場所ではなかった。とにかく真っ暗だった。小さな橋を渡り、柵もない石垣のぎりぎりのところに車を止めた。あたりには、木々のざわめきと、水の流れる音と、湿った植物の香りがあるだけだった。それと、たまに聞こえる謎の動物の声。
父は、ハンドライトを片手に石垣ギリギリのところまで進んでいった。

「おまえは、対岸から観察してくれ。その方がより広い範囲をみることができる」

私は、かすかに見える足元を頼りに、さっき来た橋を渡った。そして今度は対岸でハンドライトをチカチカさせている父を目印に茫々の草むらの中を入っていった。

「そしたら、あとはじっと川沿いをみてて」


気づけば19時を過ぎていた。
ほとんど何も見えない山奥の沢沿いを眺める高齢者と若者。怪しすぎる。誰もいない山奥でよかった。しかし、これを毎年父は一人でやってきたのかと思うと少し怖くなった。見られた人から、そういう妖怪と間違えられてもおかしくない。

しばらくじっとしていると、暗闇にも目が慣れてきた。川に反射する星の光や、たまに流れてくる葉っぱ、そして対岸の父の姿などがはっきりと見えるようになってきた。
その時、対岸の石垣の下の方の、沢と陸があいまいになっている場所でぼんやりと何かが光っているのが見えた。

「あ!いた!!」

「えっ!?うそ!どこどこ?」

「ほら、足元の石垣のずっと下の方!いや、そっちじゃない!」

「ここ?」

「そう!」

「これは・・・まさに幼虫だ!」

まるでアイドルの出待ちをしているファンのようだった。それくらい父も私もテンションが上がっていた。結局その後数匹の幼虫が上陸しているのを確認できた。

無題 45


しかし、帰りの車中、父のテンションは低かった。

「うーん・・・」

「どうしたの?さっきのテンションは?」

「例年よりも少ない。もしかしたら、あまり飛ばないかもしれない」

「なんで今年は少ないんだろう?」

父はある仮説を立てていた。2019年10月12日に上陸した台風19号が原因ではないか、と。地球温暖化により、海面の気温が上昇し大気中の水蒸気量が増加するようになったことで大型台風が発生しやすくなった。とりわけ19号はここ数年の台風のなかでも大型で、東日本を中心に大きな爪痕を残していた。

私の住む山沿いの地域も被害を受けていた。河川の大幅な増水、それに伴う地形の変化、上流地域の土砂災害による川の水質汚染、など。挙げればきりがなかった。
被害はホタルのいる沢にも当てはまっていた。それにより、沢の環境も大きく変わっていた。


1ヶ月後の6月中旬の夜、再び私はあの沢にいた。橋の上から沢のほうを眺めていた。しかし、今回は先月と違い賑やかだった。都心から来た数人の学生たちがいたからだ。父はそこで彼らとホタルの観察をしていた。

「ほら!あそこに一匹飛んでますね!見えましたか?」

「ほんとだ!」

「あ、あそこにも!」

例年よりも数は少なかったようだが、学生たちはとても満足しているようだった。「ホタル」という虫の存在は知っていたものの実際にはみたことがないという声も多く聞こえた。そんな学生たちに父は、ホタルの生態や雌雄の判別の仕方、光る仕組み、ホタルと文化についてなどを解説していた。

昔からよく聞かされてきた解説の数々だったが、一つ興味深い話があった。

「・・・でも、私はホタルのためだけに活動しているわけではありません」

「多くの人たちは、ホタルが飛ばなくなると騒ぎます。なぜ、騒ぐのでしょうか。それは、”光らなくなった”からです。当然あると思っていたものがなくなり、大切さと異変に気付いたからです。でも、それでは遅いのです。ホタルが光らなくなるまでに、実は”光れない”、あるいは”鳴けない”虫たちもいなくなっているかもしれません。」

「だから、私は静かに消えていった”光れない”、”鳴けない”虫たちのためにも活動しています。そして、この虫たちを守ることは、その周辺地域の環境を守ることにもつながります。このことを少し、頭の片隅に入れておいてくださいね」

なるほど、そういう考え方があるのかと納得した。そして、この問題意識はもはや周辺地域に限ったことではない。地球規模の問題なのだ
気候変動の結果発生した台風19号もまさにそうだ。それにより、現にホタルの数は減ってしまった。

この記事を書いているまさに今鳴いているセミも、もしかしたら近い将来全く鳴かなくなるかもしれない。そうなったらもはや手遅れなのだ。ホタルの保護活動もそうならないための一環である。

私は、ふと完全に静まり返った夏を想像した。それはあまりにも不気味だった。

無題 46

次回へ続く

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参考記事はこちら

▼ホタルの生態について

▼台風19号に関する分析記事

▼気候変動に立ち向かう団体「Climate Live Japan」さんのインタビュー記事

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