【音楽と思い出】『夏のクラクション』稲垣潤一
ここのところ夏はとても暑い。
学生時代の暑さとは違っていて焦げると表現したほうがいいかもしれない。
それでも8月も終わりが近づけば、早朝はほんの少しだが涼しくなり、ようやく暑さがやわらぎ始めたような気がする。
毎年このころになると少し寂しさを感じる。
夏が終わるのが名残惜しい。
子供のころならともかく今も寂しくなるのである。まだこんなに暑いのに。
「夏のクラクション」は、そんな少し寂しい気持ちになるころに聴きたくなる曲。
イントロのギターの音がとても好きだ。
何かに例えるなら、学校のプールで遊び疲れて昼寝をするときのような気だるい感じである。体もだらーっとなってしまう。夏らしくていい。
毎年聴いていても歌詞はあまり気にしない。だけど「今年も夏が終わる」のところだけは耳に入ってきたら、はっとする。その時その時で迫っている何かがあることが多いからだろう。
学生時代、特に高校生の頃から音楽を聴くようになった。
洋楽は友達の影響を受けることが多かったが、ロック以外の邦楽を聴く友達はあまりおらず、この曲のようなシテイポップは軟弱だと思われがちだったような気がしていた。そんなことは全くないのだけど、ロックしか聴かんみたいな。
それも懐かしい記憶。
これから先は曲とは関係ないけれど、夏の記憶なので記しておく。
友人たちと真夏の海に行った時のこと。
友人の一人が運転する車で、五人くらいだったか。30年以上も前の夏だから今よりは過ごし易かったはずだがその日は特別暑かった。ビーチの砂も素足ではとても歩けない。とにかくやたらに暑かった。男五人でうろうろして、女の子に声をかけるでもなく、海に飛び込むでもなく。
所在なく波打ち際を歩くだけでもう限界、帰ることにした。
浜に珍しく無料のシャワーがあったので、早速浴びて砂を落とした。
ついでに友人の車にもシャワーの水をまんべんなくかけて砂汚れを落とした。車に乗ってエアコンのつまみを一番強くして焼けた肌を冷やした。
帰りついて車から降りると、車体がところどころ白く粉を吹いたようになっている。よく見ると自分の体もところどころ白い。ちょっと舐めてみると塩っ気がした。恐らく無料シャワーは真水ではなく海水を引いてきたものだったのだろう。友人にはシャワーの水をかけたことを話して謝った。親の車だったはず。塩シャワー、嘘ではない。
懐かしい思い出ではある。
おわり
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