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N先輩のこと(音楽と思い出)『だいじょうぶマイ・フレンド』

〔言葉のアクセントにまつわる記憶〕
東京での大学生活は寮生活で始まった。寮を出ればすぐにそこは東京なのだが戻ると途端にそこは地元エリア。言うともっと広い範囲で〇〇県全体が寮の中に圧縮されてあるという感じだった。

日中、学校で話していた共通語(東京弁とも呼んでいた)が寮で一言話すと途端に田舎の方言に戻ってしまう。初めのころは使い分けや切り替えがなかなか出来なかった。

例えばアクセントで語尾を上げるところを下げてみたりして、最後に「~~じゃん」をくっつけて変な共通語が出来上がる。
因みにお前の言葉それおかしいよと共通語もどきで指摘された相手は長野県の奴でお互い様じゃんなどと内心思っていた。
神奈川のそれも鎌倉・湘南エリア在住のクラスメイトがよく「じゃん」と言っていた記憶がある。

〔寮の電話について〕
話を戻すが、寮生活は今のように通信設備が各部屋に備え付けられているわけではなかった。何しろ30年以上前のことである。その雰囲気やにおいだけではなく、寮全体に昭和の雰囲気が色濃く残っていた。

電話は1階の放送室兼電話室でしか受けることが出来なかった。寮生は20人ほど居たと記憶しているが電話機は20人に対してたったの1回線である。必然的に誰かが話していれば、その間は通話中となり残りの19人の外部とのコミュニケーションは遮断されることになる。

電話番は1階の住人が担当。1階には部屋は一つしかなく1階に住むことで必然的に電話係となるルールだったと思う。当時の電話係は2学年上のW先輩だった。W先輩が電話を取り次いで、マイクで館内全体にアナウンスする。プライベートなどはないのであるがそれが問題となる時代でもなかった。

〔N先輩のこと〕
ここからが本題である。かかってくる電話の相手は様々だが、W先輩の声の調子から相手がわかる時があった。
すなわち、女の子からの電話(親戚、姉妹ではない)の場合である。ちょっとだけトーンが上がったり、声で表現できるのかわからないけどニヤニヤした声?で放送をかけるものだから、寮にいる全員が概ね相手がどのような存在かわかるのである。当時は男子寮であったのでなおさら耳をそばだてていたりするものだった。羨ましかったのだ。

ある日の夜、N先輩に電話があった。W先輩のアナウンスに、「はーい」と返事が聞こえて(上の階に住んでいたら大声を出さないと聞こえない)パタパタとスリッパで走る音がやがて階段をおりていく。
N先輩の足音は軽やかだった。ウキウキした気持ちが伝わるようだった。

それきりN先輩のことは忘れてテレビをみていたのだが。
何か聞こえてくる。人の話し声だ。
N先輩、いやこれはW先輩のミスなのだろうと思う。悪気はないのだろうが、館内放送のマイクがオンになったままになっていたのである。
N先輩の声が聞こえてくる。楽しそうな声だ。
いいな。そう思いながらテレビを見ていた。それきり気にせずにいた。

ところが、しばらくすると不思議な音が聞こえてきた。
「ずるずる」という音、鼻をすすっている音?なのかなと思っていた時、
かすかに声が聞こえてきた。「そんなこと言わないでさ・・・ずるずる」
テンションが低い声だ。「もう一度会おうよ・・・ずるずる」

どうやらいつの間にか別れ話になっているようだ。聞こうとしなくてもこんな時は嫌でも耳に入る気がして、少しテレビの音量を上げた。

トイレに向かうときも、交際継続交渉は続いていた。そしていつもならそれぞれの部屋からテレビやラジカセ、ファミコンなど色んな音が聞こえてにぎやかなのだがその日はやけに静かだった。
みんな、交渉状況の実況中継を固唾をのんで聴いているらしい。
「先輩、ドンマイ」心のなかでそっとつぶやいた。

その時、頭に浮かんだ曲が 「だいじょうぶマイ・フレンド」


交渉の顛末は知らないまま。聞く勇気もなかった。この話はここで終わり。





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