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『ショートストーリー』「柱」

おや、やっと気が付きましたね。長いこと気を失ってらっしゃった。
心配したのですよ。本当によかった。
あ、急に起きると危ないですよ。そうそう、慌てずゆっくりと起き上がり下さい。
手を貸しましょうか。そんなに驚かないで下さい。お化けなんかではありません。大丈夫ですよ。そのうち目も慣れてきますから。深呼吸でもして落ち着いて下さい。

え、ここはどこかって。
おやおや、まだ思い出されてないのですね。
無理もない。こんなことは私も初めてですから。
お前は誰かって。
そりゃあね、ご存じないのも当然ですね。おいおいお話ししますよ。
ちょっとだけ私の思い出話でも聞いて下さい。
あなたが落ち着くまでのちょっとの間だけです。

私はね、毎日あなたのことを見ていましたよ。
ここに初めて来た日、あなたはまだ小さくてお母さんの腕に抱かれてぐっすりと寝ていました。
初めてあなたが立った時は、私もがんばれ、もう少しって思わず力が入りました。
小学校の入学式前日、自分より大きなランドセルを背中にしょってね。少しドキドキした顔でした。
いつだったか。髪を染めたあなたはお父さんと取っ組みあいになったことがありました。あなた、お父さんを投げ飛ばしたのですよ。覚えていますか。お父さんに力で勝ったことは嬉しかったですか。あの時のあなたは悲しそうな顔をして外に飛び出していった。でもね、お父さんは大きくなったなと言っていたのですよ。ちょっと寂しげでしたけど。
あなたはもう見上げるほど背が高くなっていました。
大学時代はたまにしか戻ってこなくて、お母さんはあなたがちゃんと食べているのか、風邪をひいていないかいつも心配していました。お父さんは時々私を見て寂しそうな顔をしていました。何も言わなかったけれど、心の中であなたをいつも気にかけていたのでしょうね。
就職活動で着慣れぬスーツに袖を通し、ネクタイを結ぶのにも時間がかかる。そんなあなたが、社会人になり少しずつスーツが似合うようになっていくのは嬉しいような寂しいような気持ちでした。

ちょっと話をしすぎましたね。
質問にお答えしましょう。
あなたね、さっき気を失って倒れそうになったのです。お酒に酔って。
私にぶつかってそのまま、こんな時に打ち所が悪かったというのでしょうね。

あ、死んじゃう! 
私、もう夢中であなたに手を伸ばしたのです。幸いにも倒れずにすみました。ほっとしましたよ。

そして、一生懸命あなたを介抱したのですよ。死ぬには早すぎる。
とにもかくにもそういうことで今あなたが目を覚ましたというところなのです。
本当に良かった。

私は誰かって。
わかりました。お見せしましょう。
慌てないでください、全部脱ぐわけではありません。背中だけです。見て下さい。
そこ、腰の上あたりです。なにが見えますか。
「○○ちゃん、7歳120センチ」
線も引いてあるでしょう。
これはあなたのことですよ。あなたが大きくなるたびにお父さん、お母さんが私に線や身長を書いて残してきたのですよ。
だから私も一緒にあなたを昔からずっと見てきた。可愛くてならないので今日はついつい手を伸ばしてしまった。

もう落ち着いたでしょう。
そろそろあなたは戻らないと。これからも見守っていますよ。それでは。

はっと気が付くと僕は床に寝ていた。夢か。飲みすぎたな。母親の「大丈夫なの」という声に返事をする。

目の前に柱がある。
「○○ちゃん、7歳 120センチ」の記録と黒い線が目に入った。

額のこぶをさすりながら夢の中の出来事を思い出していた。

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