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【エッセイ】正常性バイアスによる出来事を経験して考えたこと

 みなさんは「正常性バイアス」という言葉をご存知だろうか。
 今回は、私が経験した正常性バイアスによる出来事と、そこから学んだ教訓について、記事として記すことにする。


正常性バイアスとは

 そもそもバイアスとは何か、という話をしよう。

織物の布目に対して斜めであること。また、それに沿って裁った布地。バイヤス。「生地を―に使う」
「バイアステープ」の略。
真空管やトランジスターを適切にさ作動せるため、その端子間に加える直流電圧。バイヤス。
4 ㋐社会調査で、回答に偏りを生じさせる要因となるもの。質問文の用語や質問の態度などについていう。㋑先入観。偏見。

goo辞書 バイアス【bias】の解説

 意味は色々あるようだ。
 しかし、今回話題にする内容は、「4㋑先入観。偏見」に該当する。

 正常性の偏見? 正常なら問題ないのでは? と思う方もいるかもしれない。
 正常ならいいかもしれない。本当に、正常であるなら。
 問題は、非常事態であるにも関わらず、正常の範疇なのではないかと、先入観や偏見を持って事態を過小評価してしまうことだ。

正常性バイアスとは、認知バイアスの一種。社会心理学、犯罪心理学などで使用されている心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりするという認知の特性のこと。自然災害や火事、事故、事件などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい、都合の悪い情報を無視したり、「前例がない」「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価するなどして、逃げ遅れの原因となる。「正常化の偏見」、「恒常性バイアス」とも言う。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
正常性バイアスより

認知バイアスとは、物事の判断が、直感やこれまでの経験にもとづく先入観によって非合理的になる心理現象のことである。認知心理学や社会心理学での様々な観察者効果の一種であり、非常に基本的な統計学的な誤り、社会的帰属の誤り、記憶の誤り(虚偽記憶)など人間が犯しやすい問題でもある。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
認知バイアスより


 正常性バイアスとは、認知バイアスの一種とのことである。
 認知バイアスとは、知覚した後、先入観や偏見によって、歪めて認識してしまうということ。
 中でも正常性バイアスとは、自身に被害が及ぶような危険な状況下であっても、正常な日常の延長だと判断して、「自分は大丈夫」と勝手に思い込んでしまうことだ。

 日常においては、正常性バイアスは、日々の生活の中で起こる予期せぬ出来事に過剰に反応して疲弊してしまわないように、ある程度の限界までは正常の範囲として処理する心の機能として働き、心的な安定を保つ役割を果たしている、とも言える。

 通勤時、家から駅まで向かう道で、前方から来る車がスピードを上げたように見えた。轢かれて怪我をするかもしれない。
 駅で電車に乗る際に、同じく電車待ちをしている人の中に、こちらの方を見て不機嫌そうにブツブツ何かを言っているように感じられる人がいた。一緒に乗車した後、因縁をつけられ、逃げ場のない列車中で怪我を負わされるかもしれない。
 電車を降りた後乗ったバスの運転手が酷く眠そうに見えた。交通事故を起こされ命に関わる重傷を負うかもしれない。

 ――というようなことを常に想像して心配していたら、家からは一歩も外に出られないし仕事にも行けない。
 昨日は今日へ、今日は明日へ、日常は続いて行くし基本的に自分は大丈夫だろう、という考え方は、生きて行く上である程度は必要だ。

 とは言え、それは日常においては、である。
 今回の私の場合、正常な日常の延長上、正常の範囲にあると思われた出来事は、正常の範囲外のものだった。
 私は正常性バイアスによって、その判断を誤ったのだ。


風邪は正常の範囲、しかし新型コロナウイルスは……。

 私の職場の、私の隣りの席の同僚が、新型コロナウイルスによる症状を発症した。
 職場では感染対策として、皆マスクをつけて仕事をしていたし、食事も別々に取っていたし、日常的にアルコール消毒もしていた。
 新型コロナウイルスワクチンも、定期的に、これまで5回接種していた。
 今年の5月8日以降、新型コロナウイルスがインフルエンザと同等の扱いになったこともあり、それ以前と比べれば危機意識も緩和状態にあった私は、「普段これだけ気をつけてるんだし、大丈夫だろう」という気持ちでいた。
 しかしそう思いながらも、自身に喉の痛みも感じていた。
 この時点で、「もしかしたら」と思うことは可能なのだ。
 しかし、正常性バイアスが働いてしまっている私はそう思わない。
 「これはこれ。きっと風邪だ」と、思っていた。そう思っていたかったために、新型コロナウイルスかもしれない、という可能性を無視したり、過小評価していたのだと思う。

 翌日である発症1日目、喉の痛みと咳があり、37.4度の熱が出た。出勤したものの、休んだ方がいいと言われて帰宅。
 近所の内科医院に電話をして事情を話したところ、薬局で検査キットを買って検査するようにと言われた。
 パートナーに薬局で検査キットを買って来てもらい、早速検査を行ったところ、結果は陰性だった。
 これが正常性バイアスを更に強めることとなった。そう、「やはり風邪だったのだ」と。
 その後、出張中の上司からメッセージがあった。
 検査キットは、抗原検査は発熱しないと結果が出ないこともあり、PCR検査キットも市販のものは信頼性が低いものもあるので、熱が上がるようなら受診して検査を受けた方がいい、という内容だった。
 私が行った検査は抗原検査だった。つまり、まだ新型コロナウイルスではないという断定はできないよ、ということなのだが、そう思いたくない私は、熱が上がらないことを祈りながら安静にして過ごした。
 その後一時的に熱は少し上がったものの、それをピークに後はどんどん下がり、発症2日目・3日目は37度前半から36.9度の熱と、咳とくしゃみ鼻水という症状で過ごした私は、病院受診を見送ったままでいた。
 そしてこの頃から、私と生活を共にするパートナーにも喉の痛みと咳の症状が表れ始めた。
 発症4日目、36.9度の熱と咳とくしゃみ鼻水という状態で出勤した私は、やはり病院を受診して検査を受け白黒ハッキリさせてほしい、という職場の意向を受けて帰宅し、PCR検査を行ってくれる病院を探した。
 電話問い合わせにて、「抗原検査しかやってません」という病院が2軒続いた後、PCR検査をしてくれる病院が見つかり、受診し検査を受けた。
 この時点でのパートナーの熱は36.1度だったが、明らかに咳が通常の風邪の時よりも酷く、ようやく私も、「これはコロナだろうなぁ」と思い始めていた。
 発症5日目、36.3度の熱と咳と鼻水という状態の私は、病院からの検査結果を知らせる電話で、陽性だったことが判明した。
 38.5度まで発熱した後36.7まで落ち着き、喉の痛みと咳とくしゃみ鼻水の症状のあるパートナーも、1日遅れて同じ病院にて検査を受けた。
 発症6日目、私は36.8度の熱と咳という状態であり、37.1度の熱と喉の痛みと咳とくしゃみ鼻水の症状のあるパートナーも、病院からの検査結果を知らせる電話で、同じく陽性だということがわかった。

 その後2日間、私は出勤して1日目は部署内のみの業務、2日目は通常業務を行い、パートナーには安静に過ごしてもらった。
 現在は、私もパートナーも、まだ咳は少し残っているものの、ほぼ通常の状態に戻って来ているところだ。


もしも私が正常性バイアスを回避していたなら

 もしも私が、初めから新型コロナウイルスの症状であることを疑い、喉の痛みを感じた時点でパートナーをホテルに避難させていたなら、パートナーにうつしてしまうことは避けられただろう。
 だからパートナーにとって、今回のことは人災だと言える。
 確かに私もパートナーもワクチンを接種していた。しかし、最後に接種してから私もパートナーも半年以上が経過しており、万全の態勢というわけではなかったのだ。
 この点を過小に取り扱ったということも、正常性バイアスによると思わせられる。

 後になって後悔するのだ。あの時こうしていれば良かったのに、と。
 正常性バイアスによって、被害を被るのは自分だけではない。
 むしろ被害を受けずに済んだはずの周囲の人に、残念な未来を引き寄せてしまうこともある。
 望まない真実を受け止める覚悟が私にはなかった。だから、正常性バイアスに認知を狂わせられることになったのだ。
 今後、同じ轍を踏まないように、今回のことを教訓にして、正常性バイアスには気をつけたいと思っている。


災害からの避難

 災害から避難するという行為を日常に引き寄せるために、避難訓練は有効だと思われる。
 避難することを躊躇わないよう、「逃げるスイッチON」等呼びかけているCMも、視聴したことがある。
 今は豪雨による災害も起こりやすい時期だ。
 しかし、避難指示が出ても、「自分は大丈夫」、「まだ大丈夫」と思っている人も結構いるのではないだろうか。
 「気がついたらあっという間だった」、「いざ避難しようと思ったらもう避難できなかった」、という話も、しばしば報道で耳にする。
 もうそこは正常な日常ではなく、非日常の被害が迫っているかもしれない。
 正常性バイアスを回避することで、「あの時こうしていれば良かったのに」と後悔する人が可能な限り少なくなることを願うものだ。





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