違うまま、一緒にいること。私たちにはそれができる。
私はかつて、「一緒に〇〇をしよう!」とか、「一緒に頑張ろう」など、「一緒に」と言われることが窮屈で、苦しかった。
それには、歩幅を合わせないといけない窮屈さがあった。
本当はもっとスピードを上げてことを進めたいと思っても、進むペースを合わせなければなければならなかったり、
自分の理解していることを、他者にもわかるように話さなきゃならなかったりする。
でも、全てを理解されることは稀で、よくわからないとか、それは考えすぎなんじゃないかなどと、言われてしまい、変なもどかしさの渦に