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内藤正典教授による『ブレッドウィナー』作品解説(ユニセフ試写会レポート)〜前編〜

 2019年で「子どもの権利条約」が採択されて30年。それを記念して日本ユニセフ協会さんが、子どもを主題にした映画の連続上映会「ユニセフ・シアター・シリーズ『子どもたちの世界』」を開催しています。その第9回目として11月18日に『ブレッドウィナー』も上映いただきました

 映画本編の上映後には、同志社大学教授の内藤正典さんにお話をしていただきました。映画だけでは描ききれない、アフガニスタンの歴史的背景に関する解説や、本作を見る上で留意すべき視点などをお話いただいています。ぜひ作品の鑑賞前or後に、お読みください。

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ソ連撤退後の混沌のなか、唯一「秩序を取り戻す」期待を集めたタリバン

Q. 本作『ブレッドウィナー』は、アフガニスタンの難民の女性たちから聞いた実話をもとに書かれている物語です。題材となっている時代の背景について教えてください。

 物語の舞台は今から約20年前のアフガニスタンです。映画の最後で戦争になって刑務所が崩壊しますね。上空を戦闘機が飛んでいる。時代から考えて、あれはアメリカの戦闘機になるのですが、どうしてアメリカ軍がそこにいたのか? 皆さん、2001年9月11日の同時多発テロ事件を覚えていますか?あの事件の主犯とされたオサマ・ビンラディンと、彼の組織であるアルカイダをかくまっていたのが当時のアフガニスタンのタリバン政権です。だからビンラディンを殺害し、かくまっているタリバン政権を破壊するために、アメリカ軍がアフガニスタンにやってきた。その直前の状況を、この映画は描いています。もう少し遡ったところからお話していきたいと思います。

 この映画の最初と最後のほうで、「アフガニスタンを様々な帝国や勢力が支配しようとした」というセリフが出てきますね。今から40年前、1979年には当時のソ連がアフガニスタンに侵攻しましたが、アフガニスタンの地元勢力は徹底抗戦しました。この戦争が泥沼化したことが、10年後にソ連が崩壊した原因の一つです。

 映画の主人公たちが戦車に乗って遊んでいるシーンがありましたね。あれはソ連軍の戦車です。パヴァーナを助けてくれた男性の奥さんは、バスが地雷を踏んで亡くなりましたが、あの地雷を置いたのもソ連軍です。ソ連軍時代に置き去りにされた無数の武器は、結果的にタリバンが使っています。

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 1989年にソ連が去った後、アフガニスタンは大混乱に陥ります。ソ連と戦ってきた様々な軍閥が各地にいて、それぞれが自分たちの覇権を主張し、強盗や殺人やレイプが横行しました。そんな中でたったひとつ、「とにかくイスラムの戒律でやる」と言い出したタリバンが、破竹の勢いで軍閥に勝っていくことになります。これは単に武力で勝ったわけではないんです。軍閥同士の争いのなかでは、泥棒は出る、強盗や殺人も出る、女性はレイプされる…。そうした状況に嫌気がさした各地の人たちが、まだタリバンのほうが秩序を保ってくれるだろうと考えて、受け入れてしまったんです。

 そうして1994年にタリバンがアフガニスタン全土を掌握してタリバン政権ができました。当時は日本のマスメディアも「混沌としていたアフガニスタンに秩序を回復した立役者だ…」という風にタリバンを持ち上げて評価していました。

タリバンが諸悪の根元?タリバン政権崩壊後も変わらない実情

 ところが、1990年代の初頭と言うのはちょうど冷戦が終わったときです。世界は冷戦の終結にほっとする一方で、アメリカの軍事産業は次なる「敵」を求めていました。彼らは武器を使用する紛争や戦争がないと、商売が続かないですからね。

 1993年、サミュエル・ハンチントンと言う政治学者が「文明の衝突」という論文を書いて、一世を風靡します。それまでの冷戦の時代は”何を支持するか”というイデオロギーの対立だった。しかしこれからは、お前は何者なのかというアイデンティティーの対立の時代になる、と…。そしてそこにおける最大の敵は、イスラームだと書いてしまったんですね。今見るとその通りになっていますよね。しかしこれは、彼の見立てが合っていたというわけではありません。ハンチントンは、「ここからはイスラムを敵で行くぞ」という1つの「シナリオ」を描いたのです。敵だ敵だと言われれば相手も身構え、反発してくる。武力で倒そうとすれば、武力で押し返すのが当たり前です。結局、巨大な軍事産業をバックにつけたアメリカのブッシュ大統領と、サウジアラビアの大財閥の息子であるビンラディンとがやりあうことになり、その犠牲になってしまったのがアフガニスタンです。

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 最後にビンラディンが死んで見つかったのはパキスタン軍の基地のすぐそばです。このパキスタンというのがアフガニスタンにとって非常に厄介な存在なんです。ビンラディンをかくまってもいたタリバンですが、タリバンを育てたのはパキスタン政府の情報部であると分かっています。

 タリバンの名前のもとになっているのは「ターリブ」というアラビア語で、これは「学生」を意味します。イスラーム神学校で学んだ学生たちが中心になって作られた組織だから、タリバンと名付けられました。でも、イスラームの神学しか勉強していない人が、突然政治ができると思いますか?裁判官や行政官になって、街を統治できると思いますか?彼らは、人の心や欲望、人間がもっている様々な面を見ていません。だからありとあらゆることを禁止していきます。音楽や絵画、娯楽もすべて禁止にしてしまいました。そんな状態がもつわけないですよね。映画の中で、自分たちは「高い代償を払った」というセリフが出てきますが、それはこのことを指しています。

 2001年にアメリカ軍が来てタリバン政権は、あっという間に崩壊します。当時のブッシュ大統領の奥さん、ローラ・ブッシュがラジオでアフガニスタンの女性たちに呼びかけるんです。「あなたたちは今日から自由に外出できて、ブルカ(*顔を全面的に覆い見えないようにしている衣装)をかぶって外にでる必要もありません」と。世界の多くの人が、これでアフガニスタンに自由が戻るんだと考えました。ですが、実際にはこの物語の時代から今日に至るまで、アフガニスタンの治安はまったく改善していません。

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 ちょうど先月10月に立命館大学でおこなわれたシンポジウムにアフガニスタンの国連大使も駐日アフガニスタン大使も出席したのですが、彼らが語る話はみんな同じです。「今の政府ができる前はタリバンがいた。タリバンはありとあらゆる自由を奪った。そこから新しいアフガニスタンに生まれ変わったけど、でも、タリバンはまだ力をもって、また復活してきている。だから援助してください」と。いつもこういうストーリーです。これについて私はかなり批判をしました。じゃあ2001年からタリバンはもういなかったのに、どうしてあなたたちは女性や子どもたちの権利を取り戻すことができなかったのか?と。

 日本もアメリカも国連も、莫大なお金を使ってアフガニスタンを支援しつづけてきています。一番いけないのは、それを私物化した権力者です。今回の映画に描かれているような、最も弱い立場にある人たちに、支援が届かなかった。これはもはやタリバンのせいではないのです。

 様々な勢力が現れては消え、その狭間で翻弄されていく。そのなかで最も傷つきやすい人たちの権利が阻害されていくわけです。

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女の子たちから教育を受ける権利を奪ったのは…

 もう一つみなさんに考えて欲しいのですが、私は今63歳ですけれども、私が子供の頃、50〜60年前、日本の女性の大学進学率は10%なかった。数パーセントだったはずです。これは宗教のせいですか?神道のせいですか?仏教のせいですか?そんな事はありえないですよね?日本人が我が事として考えたときに、これが宗教の問題とは限らないと言うことがわかりますよね。しかし舞台がイスラームの世界になると、ほぼ100%の人がイスラーム教のせいだとしてしまうんです。しかしこれはありえません。

 2012年にアフガニスタンの和解と平和構築の会議を同志社大学で行いました。政府側だけでなく反政府側も呼ばなければ和解を議論しても始まらないので、タリバンにも来てもらいました。そのとき、学生からの質問も一切規制しなかったのですが、ある学生が、「女子教育を弾圧したのはなぜか」と聞いたんですね。すると、タリバン政権のときに元高等教育大臣を務めていた人物が「自分たちは女子教育を一切弾圧していない」と答えたんです。では何を否定していたのか。

 映画のなかで、イドリースという青年が、主人公たちに対して、ひどい態度をとりますよね。ああいう輩がいるのは確かに事実なんですよ。下っ端にいる人ほど、権威を笠に着て、弱いものに対して高圧的に振る舞う。イスラーム教徒は10数億人もいるので、当たり前ですが、中には、宗教を笠に着て押し付けがましいことを説教して歩く“ダメなやつ”もいっぱい出てくるわけです。

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 ところが上層部では違うことを言っている。一切女子教育を弾圧などしていないと。ただし、その教育が欧米の教育理念や方法に基づいているものであれば、我々は拒否する、というのがタリバン側の主張なんです。では、タリバン政権より前のアフガニスタンにあった教育を見てみると、それはソ連の支配下で作られたものなんですよね。それはタリバンは断固拒否します。一方で、タリバン政権自体は、1994年から2001年までのわずか6〜7年しか続いていないので、彼らが良しとする教育環境を整備することもできなかったわけです。

後編につづく

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●内藤正典先生プロフィール

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●映画場面画像 ©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

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