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社長インタビュー動画公開!プライベートや仕事に対する想い。

こんにちは😊ブレイバンス広報担当です!
社長のプライベートや、仕事に対する想いを話しているので是非ご覧ください♪

▼INDEX

  1. 人生は1つの線

  2. 犬を飼ったことが社長への第一歩

  3. 洋楽好きな幼少期、憧れは「Kiss」のジーン・シモンズ

  4. 会社経営者の父が他界、生活が一転して家族も解散状態に

  5. 人生の指針となる父からの教え

  6. ギターのエフェクターとネットサーバーの共通点を見つけた日

  7. 起業した年に巻き起こったリーマンショックからの大打撃

  8. 社内ストライキが勃発、暴言を撒き散らすワンマン社長からの脱却

  9. 好きな言葉は「雨降って地固まる」人間関係はこれに尽きる

  10. 楽しく働いている社員こそブレイバンスの強み

  11. 「やりたい仕事」へ到達するには「やり続けるプロセス」がある

ブレイバンステクノロジーズはどのように誕生したのか? 生々しい「失敗談」や、そしてそれを乗り越えた「実体験」のほか、山田のパーソナリティーを知るための質問など、代表の山田へインタビューを実施した。

人生は1つの線

仕事とプライベートのONとかOFFというのは意識していないですね。仕事とプライベートの線引きをしませんし、同じ人生の1線上にあると考えています。

犬を飼ったことが社長への第一歩

もともとは犬に恐怖心があったんです。でも、ふと入ったペットショップで抱っこさせてもらったチワワが忘れられず、一晩悩んだ結果、次の日お店に戻ってそのチワワを購入しました。その時は「犬を1匹飼い始める決断もできない社長がどこにいる!」と自分を奮い立たせて大きな決断をしたのでした。

その後、トリミングも兼ねて同じペットショップに通っていると、自然と仲良くなったペットショップのオーナーさんから「いい仔いるよ」と紹介され、今自宅にいるチワワの友達になってくれたらという親心も相まって、気がつくと5頭まで増えていきました。

洋楽好きな幼少期、憧れは「Kiss」のジーン・シモンズ

幼少期には、米軍将校たちと連れ立っていた父の影響で、家の中では邦楽禁止でした。聴いてよいのは洋楽やラジオの米軍放送のみ。洋楽・洋画に関しては、「夜遅くまで観ても良い」という家庭のルールがあって、「ベストヒット・USA」という音楽番組や「スーパーマン」、「スターウォーズ」といった洋画を夢中で観ていました。このような雰囲気の中で育ったからか、幼少期から奇抜なビジュアルバンドに憧れ、特に「Kiss」のジーン・シモンズが大好きでした。幼稚園の卒園アルバムには、「自分の夢はKissのジーン・シモンズになること」と書いたくらい、今でもジーンの大ファンです。

小学校の頃、同級生たちは日本人アイドルグループの話題で盛り上がっていたので、距離感を感じましたね。当時、自分と同じ興味を持つような友達どころか、「マイケルジャクソン」や「ヴァン・ヘイレン」を知っている友達すらいませんでした。その代わり、放課後に家に帰ると、近所に住む米軍将校の子どもたちと遊ぶ機会が多くあり、彼らとは共通の話題が多くて盛り上がり、楽しかったことを覚えています。

会社経営者の父が他界、生活が一転して家族も解散状態に

中学2年生の時、私の人生において重要な指針となることをたくさん教えてくれた父が他界しました。家族は解散状態となり、それまでの裕福な生活が一転してしまいました。当時の日本で会社経営者が亡くなった場合、次の後継者は簡単には見つからず、会社をたたむことが一般的でした。まだ若かった私は、全ての状況を理解していなかったものの、父の会社をたたんだことで、銀行取引や負債に大きな影響を受け、家庭の経済環境も悪化しました。

それまでは地元でも大きな敷地を持つ裕福な家庭として良く知られていましたが、父親の会社を整理した後は、自宅も売却され、住む場所が無くなりました。なんとかして敷地内にあった「倉庫」を家に見立てて住み始めましたが、その倉庫でさえ自分たち家族の所有物ではなく、売却された敷地の一部を人様からお借りしているという状態でした。倉庫での生活は、約3年間続きました。床も無い、土の上に建っているだけの倉庫に住み始め、最初の作業は近くの大工さんから不要になったタイルを運んできたことです。倉庫にタイルを敷いて、その上に布団を並べて寝泊まりをしました。

周囲の人たちからの見られ方が変わった事にも気づきました。父がいた頃は、家族、親戚、友人も、父の元に来て仲良く過ごしていたのに、父が亡くなった後はみんな離れていきました。そんな周りの様子を目の当たりにしたことがきっかけで、自分の友達付き合いにおいても、心の底から信頼できる親友を作ることが難しかったです。

人生の指針となる父からの教え

地元で会社経営をしていた父からは、中国故事の鶏口牛後(けいこうぎゅうご)「大きな集団や組織の末端にいるより、小さくてもいいからその集団のトップにいなさい」と言われていました。

また、米軍将校の友達も多かった父は、米軍に近いライフスタイルや考え方を持っていて、「人から言われたことを鵜呑みにするな」、「常に自分の頭で考えて行動すること」の大切さを教えてくれました。

ギターのエフェクターとネットサーバーの共通点を見つけた日

自分の性格上、普通に会社に入社して、いつまでも誰かの元で働くというのは無理だと考えていました。そして、父を亡くしたことによる反骨精神もあったので、「長い物には巻かれろ」という気持ちにはなれず、自分でやっていくしかないと考えていました。

当時、アルバイトをしていたのですが、ある日それが終わって家でテレビを見ていると、この先インターネットが普及していくと、それに伴いサイバーテロなどが多発するという内容の番組がありました。その中で、アメリカ国防省の建物内部にあるサーバーやネットワーク機器が並んでいる映像が、ギターのラックマウントエフェクターにそっくりだったんです。そこからインターネットの世界に興味を持ち始め、のめり込んでゆきました。「習うより慣れろ」と思いたち、バイト代をはたいて、秋葉原でジャンク品を買い集めて、いじっているうちに、見えてくるものがありました。その時に、楽しいと感じると同時に、これが普及したらすごいことになるという将来性を実感したのを覚えています。

起業した年に巻き起こったリーマンショックからの大打撃

2008年、世界規模での景気悪化・株価下落を招いた「リーマンショック」と同じ年に4人で会社を立ち上げました。当時は、まさかこんなに影響を受けるとは思っていなかったのですが、思っていた以上にリーマンショックの余波を受けました。仕事が減り、ほとんどが赤字でしたが、部下2人には給料を払わなければいけないため、会社設立を止めるに止められませんでした。経営者になった当時は何をして良いのかわかりませんでしたが、今はどん底だから這い上がっていくしかないということで、がむしゃらに動いて学びました。ただ、やはり資本金や銀行の残高がどんどん減っていくのを見るのは怖かったですし、担保になるものもなかったため、銀行からもなかなか融資を受けられずに、悔し泣きをした思い出もあります。

社内ストライキが勃発、暴言を撒き散らすワンマン社長からの脱却

ブレイバンス立ち上げ当初の私は、とにかく尖っていました。焦りすぎ、急ぎすぎていて、周囲に気を配ることをせず、人の言う事を全く聞かなかったと思います。自分の高い温度感を社員にも同じくらい求めてしまっていたので、社員に対しても暴言を撒き散らすような、ワンマン社長でした。結果的に、営業職と事務職の社員たち全員から辞表を渡され、「もうこれ以上社長には付き合いきれない!」と、社内ストライキを起こされた時の寂しさを覚えています。

かつての私は、アピールをしてくる人だけに目をかけていましたが、この騒動のお陰で、実は一番近くで支えてくれている人がいる事も学びました。最近の自分は、年を取ったせいか、少し性格が丸くなった気がします。昔みたいに暴言を吐いたりすることはなくなりました。だいぶ時間がかかりましたが、14年間の経営者人生を通して、「耐える」という大切な事を学びました。

好きな言葉は「雨降って地固まる」人間関係はこれに尽きる

経営者として歩み出したばかりの頃はいつも周囲と自分を比べて競争したり、早く結果を出そうと急いで空振りばかりだったと思います。40歳を迎えた頃に、我慢する事、そして耐える事を覚え、ゆっくり乗り越えることで着実に上へ進む大切さに気づきました。また、周囲と自分を比べるのではなく、今の自分が過去の自分と比べてどのくらい成長できたかが、大切だと気づきました。

楽しく働いている社員こそブレイバンスの強み

ブレイバンステクノロジーズの強みは、社員たちがそれぞれ自分の役割を全うしようと動いてくれている点です。職人気質で、自ら向上しようとする精神があります。自分たちで進んで動ける組織で、お互いが学び、助け合い、会社のクオリティーの維持をしています。周りからも、「ブレイバンスは皆イキイキとして楽しんで仕事をしているよね」とも言っていただけますが、これもブレイバンスの強みだと思っています。

「やりたい仕事」へ到達するには「やり続けるプロセス」がある

続けることは難しいことでもあります。それでも続けてやっていくことでしかなかなか本質的なものに辿り着けませんし、続けていけば何かしら残ると思います。

やりたい仕事やポジションがある時、そこへポーンと直接辿り着ける人なんているのでしょうか?そのポジションに着くためには、能力や知識、経験があってこそ、最終的にそこへ到達できるということを、覚えていてほしいです。そういった意味では、続ける事から逃げて欲しくないですね。

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