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寝る前に、いつもの「なんで?」が出た息子。彼が求める、本当の答え。

「ぼくね。さいきん、じかんが、長くかんじるんだ。」

夜、布団の中で、7歳の息子が呟いた。

「なんでかなぁ。なんでなんだろう。」

息子の興味のアンテナは、いつも、なんの前触れもなくいきなり立つ。

一度気になったことは、ずっと気になっているのが目に見えてわかるし、そういう時は人の話も目の前の景色も何も入らない。
先日は「なんで、ぼくは、ぼくなんだろう」ということを、考えていたみたいだ。
かと思えば、おしりたんていの再放送を朝から心待ちにしていたりもする。
深いようで浅く、浅いようで深い。

で・・・今は隣で3歳の娘がいて、まさに寝入る直前というタイミング。
何で今・・・とは思うものの、彼の疑問は私も小さい頃に抱いた疑問だ。

だからできるなら、抱いたタイミングで反応したい。
問いに答えるというよりは、受け止めてあげたい。

「そうだね・・・何でかな」

私は目を閉じたまま、できる限り、息子と同じ温度で呟く。

「多分・・・長く感じるくらい、待ち遠しい何かがあるんじゃないかなぁ。何か楽しみなことある?」

「あ、ぼくね、ごーるでんうぃーくがたのしみ!」

今度のゴールデンウィークは、実家に帰省し、祖父母に会う予定になっている。飛行機とバス、電車を乗り継いで行く、片道6時間近くの道のりだ。
そう簡単には帰れない。

「あとね。がっこうもね、たのしみ。じゅぎょうもたのしい。たのしみがいっぱい。」

たのしみが、いっぱい。
いい言葉だなぁ。

「きっとね。長くて、早く時間が経たないかなぁと思うこともあると思うけど、今は、長くていいんだよ。
大人になったら、いろんなことが本当に、あっという間だから。」

あっという間に季節が巡る。
月日は重なり、歳をとって、過ぎていく。

戻らない今を、かみしめるように、過ごせばいい。

「なんで、おとなになったら早くなるのかなぁ。」

「うーん・・・」

私は考えながら、私はゆっくりと呼吸した。

きっと「大人になったらわかる」んだけど。
そう言ってしまうのは簡単だが、「今」その答えを知りたい彼にとって、適切ではない気がした。

どうしようかなぁと思っていたら、息子がごろんと転がって、私の肩にくっついてきた。
顔が肩口に収まる娘に比べて、当たり前だが随分大きい。頭頂部が頬にめり込むんで痛い痛い。

「っふふ」

本人は嬉しそうだ。

そんな息子を見て、私は急に、腑に落ちた。

――なんだ。
そうだったのか。

「なんで」「なんで」の答えは、

「お母さんが、話を聞いてくれる」
「僕のために考えてくれる」
「僕のために答えてくれる」

「そんな時間を、お母さんと一緒に過ごしたい」
そういうことだったのか。

焦って考える必要なかったな。
いつも「ちゃんと答えなきゃ」って、焦って答えを探していたけれど、焦る必要はなかったんだ。

時間の流れを、もっとゆっくりかみしめるべきなのは、私の方だった。


息子の頭をよしよしと撫でると、また「ふふふ」と笑った。

「なんで、ゆめをみるのかなぁ?」

生まれて7年目の息子にとって、世界はまだまだ不思議がいっぱいだ。

「夢を見たら分かるんじゃない?」

「そっかぁ。」

「そろそろ寝ようね。おやすみなさい。」

「うん。おやすみなさい。」


明日もいっぱい考えよう。
「なんで」をいっぱい浮かべて、いっぱい、世界にぶつかろう。

お父さんとお母さんも、一緒にいっぱい、ぶつかるからね。


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