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【小説】 事故事故物件

 心理的瑕疵物件とは、住むことにあたって、精神的に不快感を感じたり、心理的に抵抗を感じる物件のことである。早い話、事故物件のことである。しかし、その代わりと言っては何だが、価格は安く済む。つまり、精神的に不快を感じない人にとっては格安物件ということになる。ユウヤは霊的な事柄については全く信じていないから、事故物件に住むことに抵抗はなかった。

 心理的瑕疵物件という表記は、一度誰かが住んでしまえばなくなる。だから、彼は進んで事故物件に住み、頻繁に引っ越すことで、その表記を次々に外してきた。彼はこの行為のことを「浄化」と呼んでいた。

 そんなわけで、今住んでいる事故物件にも飽きてきたユウヤは引っ越しをすることにした。彼は、数ある心理的瑕疵物件の中でもひときわ安い物件を見つけた。少しお金に余裕がなかった彼は、ひときわ安いその物件に興味本位で引っ越すことに決めた。

 しかし、この事故物件は普通の事故物件とは違った。その物件は、どうやら自殺があった部屋らしかった。のみならず、その次に住んだ住民も精神的な不快感が原因で自殺したらしかった。つまり、事故事故物件だったのである。しかし、そんなこととはいざ知らず、彼は引っ越したのだった。

 引っ越し業者は部屋に物を運び入れると、そそくさと帰っていった。それで、ユウヤは一人になった。部屋はいたって普通の部屋で、事故物件であると言われなければ気付かないだろう。ひとまずテレビでも見ようと思い、彼はソファに座り、テレビをつけようとした。

 しかし、電源をつけようとリモコンを押しても映像が映らない。センサーが反応していないのだろうと思い、何度もボタンを押してみるが、やはりテレビはつかなかった。ユウヤは接触不良だろうと思い、テレビを見るのを諦めてソファを立った。と、テレビの電源がついた。驚いてテレビを見ると、しかし、すぐに消え、またつき、すぐにまた消えた。

 結局それからテレビはつきそうにないので、彼は、やはり接触不良だろうと思い、冷蔵庫に冷やしてある缶ジュースでも飲もうと、キッチンへ向かった。彼が冷蔵庫の扉を開けようとした瞬間、今度は目まぐるしく後ろのリビングの電気が消えたりついたりし始めた。あまりにも点滅していたので、また接触不良か、目に悪いな、とユウヤは思った。

 今度こそジュースを取り出そうとしたユウヤだったが、突然インターホンが鳴った。それで、玄関まで行って外を見ると誰もいない。と思うと今度は電話が鳴った。それで部屋に戻って受話器をとると切れてしまう。するとまた、インターホンが鳴り、外を見ると誰もいない。そしてまた、電話が鳴る。彼はまったくたちの悪いいたずらだと思った。

 それで、汗を少しかいてしまい、何としてもジュースを飲みたかったユウヤだが、冷蔵庫を開け、もう少しで缶に手が届くというところで、リビングに取り付けられている火災報知器が鳴り始めた。彼は大抵のことは接触不良で済ませてきたのだが、流石に我慢の限界だった。恐怖は感じず、苛立ちしか感じていなかった彼は、さっきまで家具を組み立てるのに使っていたトンカチを手にすると、怒りに任せて椅子の上に登り、火災報知器を叩き壊そうとした。

 「いい加減にしやがれ!」彼は思いっきりトンカチを振った。しかし、その一撃は火災報知器には命中せず、空振ってしまった。「あっ」勢い余ってトンカチを振ってしまったユウヤは足を踏み外し、頭から床に落っこちた。鈍い音がした。打ち所が悪く、彼はそのまま死んでしまった。事故事故事故物件になってしまったのである。

 しかし、それ以来、霊的な事象が起きるなどということはなかった。ユウヤが浄化したのか、何なのか。


 

 少なくとも、それ以降、死人は出なかったということである。


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