見出し画像

青大将 参上

青大将 参上 小説
 虚士(きょし)が小学四年生(昭和34年)秋の話です。ある日の放課後、虚士は竹笛を作ろうと、”なた”を持ち出し自宅の上方にある丘にヤダケ(笹)を切りに行きました。
 2本切り倒し、”なた”で皮をむき、表面を滑らかに削っていて、ふと手を滑らし右膝を切ってしまいました。白身(骨)が見える程の大きな傷でした。何とか虚士一人で歩いて自宅に帰り着きましたが、体力のある大人は皆仕事に出ていて、留守番役で祖母のソナばさん(おばあさん)だけが在宅でした。
 
 虚士は兄弟の中でも特別大きくて、それに比べてソナばさんはとても小さく、虚士の3分の2ぐらいの体重しかありませんでした。浅海(あさみ)集落には診療所がありました。内科の先生ですが、何でもこなします。ソナばさんは孫のピンチをどうにかしようと、300m程ある診療所まで、あらん限りの力を振り絞って、よたよたとおぶって行きました。それで何とか診療所に着く事が出来ました。
 
 虚士をおぶったソナばさんが、診療所の玄関に到着したその時、室内から「キャー」と甲高い女性の悲鳴が聞こえました。ソナばさんは虚士を、玄関横の石垣の上に座らせ、ガラス戸を開け中に入って行きました。中では先生と看護師さん2名と薬剤師さんが、てんやわんやの大騒ぎをしています。ソナばさんが、「何事ですか?」と聞くと、看護師さんが「大きなエグチナワ(青大将)が!!、奥の控えの間に上から落ちてきたとです!」と息せき切りながら答えてくれました。

診療所に落ちてきた青大将

 当時の診療所には天井の無い小屋組丸出しの部屋があって、梁を伝って獲物を追いかけていた青大将が間違って滑り落ちた様です。こう言う事はこの頃の民家ではたまに発生していました。「家に青大将が棲んでいると、ネズミもいなくなり、お金が貯まる」と言われ、吉兆だと喜ばれていました。
 
 それでも、突然天から青大将が降ってくると、気色悪く瞬間的に緊張して、病人どころではありません。
 早速、村の世話役で先生、そしてご家族のお気に入り御用聞き青年、民三さん(たみさん)に来てもらい。処理をお願いしました。
 たみさんは待ってましたとばかり、すっ飛んできて、おとなしい青大将をスコップと箒で持ち上げ屋外に逃がしました。
 
 その後、虚士はやっと先生に見てもらい、傷が大きく開いていたので、3針縫ってもらいました。
 虚士が70歳を過ぎた今でも、その傷はソナばさんへの感謝の念と、「青大将」のエピソードとともに右膝に残っています。
  終わり
(この話は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので”小説”としました)
 

虚子少年の生活圏


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?