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万年筆のエロス

60年代の総金仕上げヴィンテージ万年筆
Montblanc meisterstuck no.82 18C

それはある時に父親からもらった万年筆で、元々は父親のものである。これでお客様の前で文字を書くと、大体、話が万年筆のことになる。僕は字が下手くそだが、良い万年筆で書くと美しく見えてくる。
何よりも、紙に書いている時の滑らかさと音が好きだ。

職人は道具を大事にするしこだわりをもつ。父親は大工道具だけでなく、文具に対してもそういう所がある。昨日、久しぶりに谷崎潤一郎の刺青と鍵を再読していて、感想を万年筆で書きたくなった。書いていると、父がやって来て、ペン先のことを話始めた。

ペン先はコシがないといけない。だから金じゃないといけない。14k-24kまであるけれど24kは柔らかすぎるから18kがいい。
これで、書く時の滑らかさや字の書き味がそれで決まる。
ヨーロッパでは子どもの頃から万年筆で字を書く練習をする。子どもの手のサイズに合わせた万年筆もある。

ふーん、なるほどな。
手入れは水洗いで何度かコップの水にペン先を入れ、水を吸入して排出、を繰り返し、よく拭いて一日ほど乾かす。
青みのある黒のインクを使っている。
手入れが少々ボールペンなどと違い面倒ではあるけれど、手が疲れない上に、書き味の美しさはボールペンの比ではない。

万年筆は女性に似ているかもしれない。
芯がありコシのあるしなやかで品があり、したたかなエロティシズムのあるひと。

そういうひとは中々見かけない。でも会うとやはり魅力的だったりするひとはそういうひとだ。
何も性別や年齢に限らず、そういうエロスがあるひとが僕は好きなタイプだ。

谷崎潤一郎の描く女性たちは、僕の好きなタイプに近い。特に、刺青のラストのように、人がそれまでに意識していてもひた隠しにしていたような欲望が目覚める瞬間の永遠のようなものは、貴く、官能と耽美なエロスがあるし、鍵のように、日記をつける、互いに盗み見をするという行動に仕向ける変態さも良い。

要するに僕は変態的な官能美と耽美さを感じとらせるものに弱い。肉体的にも精神的にも穢らわしさが露呈していく様子が好きなのだ。
つまり、変態。

だから万年筆も好きなのだ。
特に紙を擦る音や、洗ったあとにインクがペン先から滲み、ぽたっと落ちる、あの滲みが、穢らわしさを兼ね備えていて好きでもある。これは僕が草履フェチなのとおそらく繋がってもいる。

これ以外の万年筆を持っていないが、僕も娘に何かの機会にはこの万年筆と同じようなものを贈ろうと思う。

美しい字が書けるようになりたいなぁ。

滲むインクのエロスの青み


あとづけのエロティシズム

僕は変態な谷崎のテクストから飛び出しくるサディスティックな女の子たちが好きなだけで、実際には谷崎自身の『何か』をまだ掴めずにいる。
おそらく、そこには人生の経験値からくる円熟さが足りていないからかもしれない。

谷崎の鍵を再読して思うに、僕らの鍵は未知数にあり、鍵穴も等しく未知数である。
カチリと音を立てて引き出しを、戸を開ける、そんな偶然と偶然が重なり合う時の連帯感は共犯的な猥雑さを兼ね備えているときもある。

僕が鍵を再読するきっかけの方


僕は卍、瘋癲老人日記、痴人の愛が谷崎作品群の中でとりわけ好きなのだ。

他人の日記を覗き見るというエロティシズムは、ささやかな幸福をもたらすこともある。

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