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バランス読書のススメ

書評行きます!

「旅のつばくろ」 新潮社 2020年出版 224p 沢木耕太郎著

(以下、読書メーターに書いたレビュー)

国内の旅エッセイ集。脳内GoTo。村上春樹やホリエモンと同じく、この人もサラリーマンの経験がない。出社日に会社を辞め、フリーランスで生き残ってきた。どんな仕事でも手を抜かなかったという一文の重さ。周囲に流されて嫌々就職活動をしていたあの頃の私は、もう少し己を買い被って好きなことだけに没頭してもよかったのかもしれない(いま取り返しているけど)。著者も長年放置していた青い伏線を拾い集めているようだ。その道程に旅の遺品整理みたいな寂しさを覚えつつ、でもまだまだ沢木さんの新作を読みたい。本当の美文を書く人だから。

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質実剛健。なのに柔らかい。以前、井上陽水さんが対談の中で沢木さんには色気がないみたいなことを(冗談半分で)仰っていました。ご本人のことは面識がないのでわかりませんが、少なくとも沢木さんの書く文章は最高にセクシーだと私は思っています。

色気のある文章を書く人、と聞いて誰の名が真っ先に浮かびますか? 私は太宰治です。矢継ぎ早に繰り出される赤裸々なボキャブラリー。素っ裸と見せかけてちゃっかりポーズを決める二面性。演じているうちに仮面の外し方を忘れてしまったような、いやそもそも演じていると装って実は切実に本音で生きていたことを密かに恥じているような。この何が真実かわからぬ危うさの羅列に引き込まれてしまうのです。作品の出来が不安定だから未読の話を読むたびにヒヤヒヤしますし、回数を重ねるごとに違った魅力を発見できます。

沢木さんの文章は真逆です。いつどの本をどのページから読んでもすんなり溶け込める。すぐ安心できる。十年近く顔を合わせていないのに再会した瞬間に笑って打ち解けてくれる友人みたいなものです。そして何度読んでも同じように面白い。飽きない。抜群の安定感があるのです。あとは信頼性ですね。どんなに厳しい展開になっても、前向きな気持ちと明るさが消えることはない。一言でいえば健やかなのです。

プロレスラーでいうと棚橋弘至と中邑真輔の違いです。確かに太宰や中邑選手の方がダイレクトにセクシーです。でも沢木さんや棚橋選手が安定していて健やかだから色気に乏しいという見方は、私からするともったいない。棚橋選手はよく「疲れたことがない」と言いますけど、あれが彼のダンディズムなのです。沢木さんだって本当はもっと心の闇やモヤモヤを一気にぶちまけたような文章を書きたいときがあったはずです。スポーツノンフィクションの金字塔である「一瞬の夏」でも、何度かそういう場面がありました。でもそこであえて踏み止まり、大人の対応を見せる。ぐっとこらえて笑顔を作る。プロの仕事に徹する。ここにやせ我慢の美学や背中で語る男の色気を感じるのです。

おそらく私が書店員という接客業をしていることも影響していると思います。まあ優しくないお客様がたくさんいらっしゃいますから(笑) 同じくらい優しい方も多いから救われていますけどね。太宰の怪しいぶっちゃけに癒されつつ、沢木さんの飾らぬ凛々しさに励まされる。そんなある種両極端な「バランス読書」も日々を楽しく生きる上でオススメです。

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