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アロガント(第3話)

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■本編

 フレイボムから事の経緯を聞かされた警部はううむ、と唸って腕を組んだ。
 旧市街地から脱出した三人は警部が派遣を要請したエアバイク隊に乗って、市街中心地にあるNZ署にやってきていた。
 フレイボムとレティーナは一刻も早く騎士団の不正の証拠データを届けたかったが、警部にぜひに、と頭を下げられたので協力することにした。ひょっとしたら騎士団の更なる悪事の証拠が出てくるかもしれない。
「騎士団側も影騎士が斃されるとは計算しておらんだろう。追撃がかかるまでに時間はある」
 NZ署の泥水より不味いと有名なコーヒーを一口飲んで、フレイボムは顔を顰めた。
「どうやったら、こんな不味くコーヒーを淹れられるんです」
「ははは、NZ署の七不思議だな。まあ、飲み慣れれば不味くとも飲めるようになる」
「それで、警部さんは犯人が騎士団の者ではないという見解でしたけれど」
 レティーナがそう口火を切ると、警部はうむ、と元気を取り戻して背筋をぴんと伸ばし、机の上に無造作に積まれた書類の中からいくつかの資料を引っ張り出す。
 それは鑑識からの、遺体の焼痕の状況から推測される銃の構造資料や、現場写真、それから実際の犯行がどれくらいの距離、位置からどのようになされているのかを算出した資料などだった。
「銃は特定できなかったのですね」
 レティーナは銃の資料に目を通しながら警部に向かって言う。
「そうだ。どうやら正規ではない改造を施された銃のようだ。レーザー口径はマクセル社製の14型の既製品を使っているようだが、カートリッジには狩猟用の大出力カートリッジを使っている。それ以外の部品も既製品と狩猟用の特注品を組み合わせて作られている」
 狩猟用、とレティーナは唇に指を当てて考え込む。
「つまり犯人は銃のカスタマイズに長けた人物であると?」
 フレイボムはレティーナの持った資料を覗き込んで、レティーナが考え込んでいるのを見ると、警部に訊ねた。
「その可能性はある。だが、カスタマイズは別の者がしたのかもしれん」
 あ、なるほど、とフレイボムは手を打つ。「それじゃあ銃砲店でそうしたカスタマイズの記録がないか当たれば」
 まあな、と頷きつつ、警部の表情は晴れなかった。「個人がカスタムしたのなら、徒労だが」
「その可能性は高いでしょうね」とレティーナは顔を上げる。「他に分かっていることは」
 警部は渋い顔をしながら、現場状況を算出した資料を指さす。
「犯人は高い射撃の腕を持っている。少なくとも、訓練された警官に匹敵するほどの」
 なるほど、とレティーナは呟く。
 十数メートル離れたところから、心臓を正確に一撃。しかも光源の少ないカジノ裏通りの暗がりで。暗視スコープか何かを用いても容易ではない。
「さて、ここまでついて来ているか、アンドレアスの若君」
 ええ、大丈夫です、とフレイボムは頷き、「その特徴に合致する人間は」と訊ねた。
「この市内に限って言ってもだな」と警部は苦々しげに言って前置きする。
「ハンターライセンス所有者は五百人はおる。本当に射撃に長けておる人間はその十分の一もおらんだろうが……、それを割り出すには時間がかかるな」
「シリスの身辺に限定すればどうです」
 フレイボムの問いに警部はふむ、と腕を組んで考えると、資料の山をがさがさとやりだした。「関係者はまだ洗い切れておらんのだがな」と資料を掻きまわしてばらばらに撒きながら集め、フレイボムに向かって差し出す。
「半機人だからな。身内はおらん。その点は捜査も分かりやすくやりやすいからいいのだが、なんにせよ――、いや、いや! これは君たちには関係ないな。とにかく見てくれ。シリスと仕事で付き合いのあった人物や友人たちがほとんどだが」
 フレイボムは一枚一枚ゆっくりと吟味し、見終わったものをレティーナに渡していく。
「君たちはシリスの協力を得て、騎士団の情報を手に入れたのだったな」
 ええ、とレティーナが頷く。
「けれど脱出に協力するはずの彼女が来ないので、見つかってしまったのです」
 やはり騎士団が、とフレイボムがレティーナの顔を覗くと、彼女は首を横に振って「違うでしょう」と騎士団の関与を否定した。
「もし騎士団が関与しているのなら、警部のおっしゃる通り銃は使わなかっただろうと思います。騎士団員ほどの手練れならば、原始的なナイフ一本あれば暗殺に事足ります」
 そうか、とフレイボムが納得して頷くと、レティーナは個人情報の資料の一枚に目を止め、そこに写っている顔写真をじっと睨むように見つめると、その資料を警部に差し出す。
 警部ははっとして、資料とレティーナの顔を見比べ、「まさか、彼女が」と絶句した後で首を振り、いや、と自分の浅慮を否定するように鋭く叫ぶと、「ありえんことではない!」と声を上げて立ち上がった。「確かめるべきことがある!」
 そしていそいそと帽子とコートを取って身につけると、二人に対し「すまんが、同行してもらえんかね」と頭を下げた。
 フレイボムたちは顔を見合わせて頷き、「もちろん」と言って立ち上がった。

 コートアベニューにある、とあるアパートに警部たちはやってきていた。突然の来訪者に部屋の主は驚いたものの、快く三人を迎え入れた。
「引っ越しをなさるので?」
 警部は部屋のあちこちに積まれた箱を眺めながら、部屋の主、チェルシーにそう訊ねた。
 チェルシーはシリスの友人として警部が聞き込みを行っていた女性だった。
「ええ。もうこの土地には友だちもいないし、仕事にも嫌気が差していたところでしたから」
 チェルシーは三人分のお茶をテーブルに並べると、トレイを胸に抱えながら答えた。
「シリスとは仲がよかったそうですね」、とフレイボムが訊ねた瞬間、チェルシーの眼差しが鋭くなった気がしたが、一瞬のことだった。だが警部はその鋭い目つきを、たった一瞬のこととはいえ、見逃さなかった。
「ええ。無二の友人でした。今回のことは、本当に残念です」
「半機人ですよ」、とすかさずレティーナが口を挟む。その口調は穏やかで思慮深い彼女に似合わず挑戦的で好戦的だった。
「人間とか、半機人とか、知りません。友だちになるのに、何か関係があるんですか!」
 チェルシーは明らかに憤慨していた。冷静さを失するほど。
 フレイボムはとりなすように両手を振って、「本当にそのとおりです。気分を害されたなら申し訳ありません」と頭を下げた。レティーナは挑戦的な目つきを崩さず、口元に笑みさえ浮かべてじっと見ていた。
 だが、フレイボムの謝罪を受けたチェルシーは我に返ったのか、顔を赤らめて俯き首を振ると、「すみません。彼女のことになると熱くなってしまって」と謝った。
 おほん、と警部は咳払いをすると、テーブルについてお茶をうまそうに飲み干し、息を吐いてチェルシーに目を向けた。
「ところで、シリスさんを殺した犯人ですが、射撃の腕に長けていることが分かりました」
 チェルシーは警部の言葉にそうですか、と短く答えながら一瞥すると、目を伏せた。
「あなたは五年前、ハンター対象の射撃の全国大会で入賞した経験がおありですよね?」
 レティーナの言葉に、チェルシーは憎しみのこもった一瞥を向けると、警部の方を向いて、穏やかな口調で、「これは何の茶番ですか」と目を細めて言う。
「犯人が見つからないからって、よりによって私を犯人扱いですか」
「こちらとしても心苦しいのです」と憤るチェルシーを宥めるようにまあまあ、と両手の平をテーブルに水平に掲げて押さえるような仕草をする。
「あなたはハンターとしてのカスタムの腕を活かして、銃砲店で働いていた経歴がおありだ。それに」
 警部は胸ポケットから端末を取り出し、一人の男の顔写真を表示する。その男はエアバイクのディーラーとして働いているマックスという人物で、勤勉で実直な好青年だった。
 チェルシーはマックスの写真が出たことで、警察は動機まで突き止めていると悟ったのか、「あ、あ……」と喘ぐように言ってよろめき、崩れ落ちてわんわんと泣き始めた。
 その後の取り調べで、チェルシーはシリスを殺したことを自白した。
 マックスと交際していたチェルシーは、ある日マックスからシリスを好きになったから別れてほしいと頼まれ、一度は断り、話し合いを何度も重ねたがマックスの心を動かせないと悟り、シリスを殺す計画をたてたという。
 あの日あの夜、自分の名前では会ってもらえないので、裏通りにマックスの名前でシリスを呼び出したチェルシーは、端末からマックスの音声を流し、シリスが振り向いたところを射殺した。
「殺さなくてもよかっただろうに。友だちだったんだろう」
 警部がそう訊ねると、チェルシーはけたたましく笑った。「半機人が」
「半機人ごときが、人間の男を寝取るなんて、人間の女が、男をとられるなんて、そんなことあっていいわけないじゃない!」
 結局は、と取り調べを終えてフレイボムたちを見送りにやってきた警部は憔悴したように呟く。
「人間と半機人は、心の深い部分で分かり合うことはできんのかもしれんな」
 警部は「電子生物保護法は」と口を開いて首を振り、「あんなものはただの紙切れ、いや、データきれだ!」と呟いてフレイボムとレティーナに順に握手を求めた。「協力に感謝する」と敬礼する。
「警部。僕は人間と半機人が分かり合える日がくると信じています。僕はいずれ法務大臣になり、その成就のため身命を捧げるつもりです。レティーナとともに」
 フレイボムはエアバイクに乗り込み、警部に敬礼を返しながらそう言った。それを後ろに乗って聞いていたレティーナは嬉しそうな微笑みを浮かべ、フレイボムの背中にしがみつき、やがて飛び去って行った。
 残された警部は空の向こうに小さくなっていくエアバイクを見送りながら、「やれ、やれ、だ! あのお坊ちゃんが法務大臣になれば、わしのボスというわけだ」と嬉しそうに呟いて煙草に火を点けた。

〈了〉


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