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むずかしい平凡 自句自解 第一章「むずかしい平凡」

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拙句集「むずかしい平凡」の自解を行っています。もしよければ俳句を楽しみつつ、お付き合いください。
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#日本の季節感

23 ぱりっと朝刊めくってクロワッサンの秋

23 ぱりっと朝刊めくってクロワッサンの秋

 句集「むずかしい平凡」自解その23。

 これは軽い句。とくに解説も必要ないかもしれませんね。

 朝刊を読みながらの朝食。朝刊をめくる音が「ぱりっと」した。そして食卓にはクロワッサン。なんだか、秋になったなあ。それだけの句。

 それでもとりあえず解説をすると、「ぱりっと」「めくって」「クロワッサン」といった跳ねる音が多用されているというのがこの句の特徴ですかね。あんまり音にこだわりすぎると嫌

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22 ナガサキよ首なき像を噛む蜻蛉

22 ナガサキよ首なき像を噛む蜻蛉

 句集「むずかしい平凡」自解その22。

 「蜻蛉」は「とんぼ」と読みます。

 長崎を歩いた時のスケッチ。長崎に原爆が落とされた、その爆心地周辺の教会を訪ねたときの句です。

 原爆によって首を失ったマリア像。その像の周りを蜻蛉が飛んでいる。ふっと一匹の蜻蛉がその切れた首にとまった。そして、よく蜻蛉がやるように、その像の首の切れ端を、噛みだしたんですね。

 蜻蛉にしてみれば大した意味のある事じ

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21 晩夏光すべて忘れている河口

21 晩夏光すべて忘れている河口

 句集「むずかしい平凡」自解その21。

 「晩夏」が続きます。

 河口という場所は、河の終点でもあり、また河が海に注ごうとする新たなに生まれ変わる場所、そんな雰囲気があって、なんとなくそういう場所に惹かれる自分がいますね。

 河が河であることをすっかり忘れ切って、すべてを海に任せきっているような状態。夏の夕暮れどき、そんな河口をふっと見た時があって(たしか日本海側の道路を車で走っている時だっ

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20 人体に直線はない晩夏光

 句集「むずかしい平凡」自解その20。

 「人体に直線はない」なんていう感覚にどうやって至ったのか、今となっては思い出すこともできません。

 夏の終わり、夕刻、シャワーでも浴びて、自分のすこしたるみかけてきた体を鏡で見ながら、そんなことでも思ったのだろうか。

 美しい女体の曲線美を眺めながら、などということはないので念のため。でも、そんなちょっとエロティックな場面を想像してもらったほうがちょ

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19 夜のバナナ大人にだってこども心

19 夜のバナナ大人にだってこども心

 句集「むずかしい平凡」自解その19。

 バナナっていうのは果物なのだろうかって時々思いますね。まあ、ふつうは果物ということになっているんだろうけれど。

 食べるともさもさっとして、ちょっと芋みたいな感じがしますね。まだ若いバナナだと、青々とした匂いがその全身にみなぎっていたりします。なんとなく主食クラスのエネルギーがバナナには存在しているんじゃないかなあと。実際、栄養価も高いみたいですし。

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18 西日の中謝るためにゆく仕事

18 西日の中謝るためにゆく仕事

 句集「むずかしい平凡」自解その18。

 仕事は仕事でも、こういう仕事はあんまり進んでやりたくない仕事ですね。ただ、立場上こういうことをしなくていけない、そういうときは必ずあります。しかも西日の中。

 学生時代、自動車の部品工場でアルバイトしていたのだけれど、大きな会社から注文を受けて、それを作って納品したその部品に、不良品が出たとある日連絡がありました。夕方の、西日のきつい日でした。なぜかア

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17 幹を這う蛍よ戦病死の叔父らよ

17 幹を這う蛍よ戦病死の叔父らよ

 句集「むずかしい平凡」自解その17。

 父親は昭和12年生まれの末っ子。戦時中は子どもだったため、徴兵されることはなかった。けれども、父の兄たち、つまり、私にとっては叔父たちはみな戦争に取られ、みな死んでいった。叔父はふたりいたようだけれど、私は名前を知らない。フィリピンで死んだと子どものころ聞いたような記憶。

 後年、父親と話すことがあって、それは戦死は戦死なんだろうけれど、戦病死だな、と

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16 祖父病んで父祖の田ただの夏草に

16 祖父病んで父祖の田ただの夏草に

 句集「むずかしい平凡」自解その16。

 これもまあ読んでそのままの句なんですけれど。

 祖父というのは、私自身の祖父のことではありません。知っている若い友人の祖父。じいちゃんが病気なっちゃって、田んぼがすっかり荒れちゃって、とそんなことをボソッとつぶやいていたのが、どこかに残っていたんです。代々受け継いできた田んぼを、父も継いでいないし、自分も継ぎたいとは思わない。だから夏草に任せるままにな

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15 蟻と蟻ごっつんこする光かな

15 蟻と蟻ごっつんこする光かな

 句集「むずかしい平凡」自解その15。

 句集の帯にもこの句を使いました。また、デザインにも登場してもらい、蟻君には大いに活躍してもらっています。

 蟻と蟻がぶつかるように見えたんですね。べつに彼らはなにかを確かめているだけなんだろうけれど。でも、なんだかあの黒い頭と頭がぶつかって、ごつんと音を立てているかのようでした。出会いをしっかり確かめ合っているんだろうか。そして、夏の暑い日差しの中、そ

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14 夫婦喧嘩につつーっと降りて蜘蛛光りぬ

14 夫婦喧嘩につつーっと降りて蜘蛛光りぬ

 句集「むずかしい平凡」自解その14。

 この句は人気ある句ですね。情景はこの句のまんま。

 夫婦喧嘩がだんだん熱くなってきた。たがいに自説を曲げない。相手のちょっとした言葉尻をとらえて責め立てる。過去の間違いも引き合いに出して、だからあんたは、だからおまえは、と果てるところがない。

 そんなとき、天井からつつーっと蜘蛛が降りてくる。夫婦喧嘩の間に入って、蜘蛛がきらっと光る。べつに何を言い出

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13 はつなつの淋しさいちまいの湖

13 はつなつの淋しさいちまいの湖

 句集「むずかしい平凡」自解その13。

 「はつなつ」とあえてひらがなで書きたくなったんですね。

 漢字で書けば「初夏」。これだとふつう「しょか」と読む癖があるので、ここは「はつなつ」と読んでもらいたかった。ならば最初からひらがなで書いてしまえ、と。

 初夏はたしかに気持ちのいいものです。若葉、薫風、青空、などなどなんだかうれしくなる季節。でも、その一方で、どうにも気持ちがふさぐというか、ま

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12 無名の山植田にくっきりと感情

12 無名の山植田にくっきりと感情

 句集「むずかしい平凡」自解その12。

 東北に限らず、初夏の植田の広がる風景というのは、ふしぎと原郷というものを感じさせるものがあります。うちは農家でもなかったし、田植えの重労働を知っているわけでもないんですけれどね。

 それでも、田んぼというのは日常に近いところに存在していたし、なにしろ毎日ご飯を食べている。そのご飯の生まれる場所を毎日目にしているのだから、これを故郷といわずして何が故郷な

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11 麦秋や空が彼女の遺書でした

11 麦秋や空が彼女の遺書でした

 句集「むずかしい平凡」自解その11。

 麦秋とも、麦の秋とも言いますね。

 六月ごろに麦が実ってくると、枯れた茶色になってくる。季節は夏だけれど、なにか秋の色のような雰囲気。季語の面白さですね。

 麦秋のころの青空が、気持ちいいいような、そして少し物悲しいような、そんな印象で、いつも胸がかるく締め付けられるような感覚があります。

 「空が彼女の遺書でした」のフレーズを具体的には言いたくな

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10 棕櫚咲いてかりっと完璧なトースト

10 棕櫚咲いてかりっと完璧なトースト

 句集「むずかしい平凡」自解その10。

 写真をトーストにしようかなとも思ったんですが、ごめんなさい、探しても完璧なトーストの写真はなかったので、棕櫚にしました。棕櫚のつぼみですね。これからふわっと咲いていくところの様子です。

 季節はこれも初夏。あかるく、からっとした風が吹くような天気の朝。

 完璧なトーストとコーヒーで朝食を食べた。

 ただそれだけの句。それ以上でもなく、それ以下でもな

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