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pellicule/芋焼酎 爆弾ハナタレ

突然ですが、私は出張専門の手打ちうどん職人をしています。
飲食店に呼ばれて一日だけうどんをお出ししたり、
シェアキッチンでイベントを行ったり、また、うどんはお祝いごとに合う食べ物ということもあって会社の内定式やお正月の行事に呼ばれることもあります。仕事を始めた2019年は、1年目ながら約60件の依頼をいただき、いくつか定期発注いただける取引先もできました。そして、2020年3月、コロナウイルスの影響によって4月の依頼は0件となりました。何という試練。

と、いいつつも、うどんを打てないわけではないので、せっかくできた時間はうどんや料理の研究に充てていくことにしました。

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(イワイノダイチという栃木県産小麦の生地。もちもち)

私の場合、打つのに約7時間ほどかかる。
混ぜて、踏んで、延ばして、切って、茹でて。
その合間にできる時間でこうして文字を書くことができるのは、うどんのよいところですね。角煮の時でも同じ事書いたような。まあいいか。
今までは国内産小麦とオーストラリア産小麦のハイブリッドうどん粉を好んで使っていましたが、この機会に完全国内産小麦の調整をして、騒動が収まったらどこかスペースを借りて、一日かけてうどんやその他料理をお出しする日を作りたいなと思っています。逆境の時にモチベーションを生めるのは、私の数少ない長所です。

さて今回、そんな風に想えたのにも理由があります。
つい先日のことです。いつも行くお店で黒木本店さんの芋焼酎、
「爆弾ハナタレ」を飲んでいた時のことでした。
名前通りのパンチ、44度という焼酎にしては高い度数から繰り出されるお酒感。しかし、濃く重い風味と裏腹に、舌の上から喉の奥に向けて一本の細い、しかし切れない糸がスッと入っていくような繊細さを感じます。

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(しっかり冷やされて出てくる。度数のわりに舌触りは優しい。)

お酒を味わいながら、常連の男性二人と、山下達郎や松任谷由美を聞きながら、昔の思い出や歌謡曲について話していました。「昔の曲にはあきらめに似た覚悟みたいなものがあったよね」とか、そんな分かったような、そうでないような飲兵衛のあいまいな話が続いたとき、男のうちの一人が話し始めました。

彼はよく私のうどんを食べに来てくれていて、前回は普段見慣れないスーツ姿だったことを覚えていました。それには理由があったのですが、うどんの日の私は知りもしなかったのでした。

ご病気で休職されていたそうです。原因は不明なのですが就業できる状態を保つことができなかったそう。それでも、会社のサポートなどもあって最近復職したそうなのでした。
「うどんを食べに行ったあの日、実は自分に対するご褒美みたいな気分だったんです。おいしかった」

彼が食べたうどん。それは私が一番思い悩んでいた時に打ったものでした。周囲の評価と自分の評価のギャップ、自分が信じてきたものが崩壊する出来事、今まで我慢してきた自分と向き合おうとした気持ち。
そんな感情が渦巻く中で、せめても自分が生み出すものだけは誰かの喜びにつながってほしいと打ち込んだまさにそのうどんが、誰かの特別な一杯になってくれたことが嬉しかった。

”俺たちの知る限り時間てやつは止まったり戻ったりはしない
 ただ前に進むだけだ
 だから今日は戻らない日々を思い出して笑おう
 今日だけ、今日だけは思い出して笑おう
 こういうのってあんまり格好良くはないけど
 初めから俺達は格好良くなんてないしな”
               「Pellicule」 by 不可思議/wonderboy  

最近、「何のために打つのか」ということを考えている。
お金のため?楽しいから?目立ちたいから?うどんが好きだから?
まだしっかりまとまったわけではない。

「生きているうちにどんな物語を生み出すことができるか」

今はただその想いだけが、私を動かしている。

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