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今は焦らず、騒がず、進むべき時になったら進め。人生転機の旅で得た結論

 このゴールデンウィークに私は、奈良県の大和八木から和歌山県の新宮を結ぶ日本一長距離の路線バスの旅に出た。ちょうど、一身上の都合があって急きょ退職するというなかでの旅だったのだが、途中に立ち寄った熊野本宮大社でこれから始まる新たな人生のステージへのアドバイスをいただいた。

日本で一番長距離を走る路線バス

普通の生活路線である八木新宮特急バス

 「日本で一番長距離を走る路線バス」とは、奈良交通が近鉄の大和八木駅とJRの新宮駅を結ぶ「八木新宮特急バス」のことである。高速道路を通らず、下道だけで走るバスで、写真のように普通の路線バスである。「特急バス」という名前だが、ごく普通の生活路線である。1日に3往復運行されていて、通しで乗ると6時間あまり乗っていることになる。途中、何度かトイレ休憩が入っている。

旅には「行くぞ!」という思い切りが大事

 このバスには一度乗ってみたいとかねがね思っていたのだが、なかなかその機会がなかった。というか、そういう機会をつくろうとしてこなかった。とくにこの2年間ほどは新型コロナウィルスの蔓延で旅に出ることそのものが困難だった。この2022年のゴールデンウィークも、3月の時点では先が見通せない状況ではあったが、まずは宿や列車の予約だけでもとろうと決意した。さぁ、どこへ行くかと考えたとき、前から行きたいと思っていた「日本で一番長距離を走る路線バス」の旅を思いついた。旅というのは、海外旅行も含めて、行きたいなと思った時に「行くぞ!」と決意することがまず第一だ。もちろん、予算とか仕事の段取りとか、スケジュールなどの問題もあるけれど、まずは「行く!」と決意しないことには何も始まらない。

新緑の緑が鮮やか

 京都から近鉄特急「しまかぜ」にのって、まずは大和八木へ。「しまかぜ」に乗るだけでも気分は盛り上がる。

京都駅で出発を待つ近鉄特急しまかぜ

 3月にこの旅を企画した時は、「一身上の都合」も想定していなかった。もし、この旅を企画していなかったら、けっこう、悶々としたゴールディンウィークを過ごすことになったかもしれない。能天気かもしれないけれど、この旅を企画していて、本当に良かったと思う。
 大和八木駅で「しまかぜ」を降りて、ここでいよいよ「八木新宮特急バス」に乗り換えた。大和八木を11時38分に出て、新宮駅到着は18時24分の予定である。ただ、新宮まで一日で乗りとおすのは厳しいので、途中、十津川温泉の宿を予約した。

大和八木駅で出発を待つ新宮行特急バス

 バスは、近鉄大和八木駅から1時間半ほど走って、JR五條駅に立ち寄り、そこで最初のトイレ休憩となった。
 五條駅を出るとバスは南下。どんどん山へと登っていきはじめた。ヘアピンカーブに次ぐヘアピンカーブだった。それにしても、新緑が鮮やかで心が癒された。この辺りはかつて南朝があった場所だろうか。

ヘアピンカーブに次ぐヘアピンカーブ
新緑もみどりが鮮やか

 そして、五條駅を出て約2時間後、午後3時ごろに日本一長いつり橋と言われる谷瀬の吊り橋でバスは20分の休憩をした。私も、このつり橋を歩こうとしたが、怖いので途中で引き返した。

日本一長いつり橋

温泉で心身を伸ばす

 それから約1時間ほど走って、午後3時過ぎに十津川温泉へ到着。今日はここで降りて、温泉に宿泊だ。

昔ながらの旅館でゆっくりできた

 予約したのは古い温泉旅館で、ゴールデンウィーク中だったが、宿泊客は私一人だけだった。部屋は、熊野川に面していて、山の緑が美しく、静かだった。ゆーっくりとした時間が過ぎていく。これまで、毎日慌ただしく働き、生きてきて、なかなか自分を振り返る時間も少なかった。やはり、こういう人生の節目の時に、旅に出たことはとても良いタイミングだったような気がする。
 杉、ヒノキの露天風呂も気持ちよすぎて、心身を本当にリラックスさせてくれた。本当に、この節目の時期に旅を企画していてよかったと、何度思ったか知れない。

杉とヒノキの露天風呂が気持ちよすぎた
静かな十津川温泉

身体中が凛となる熊野本宮大社

 翌日は、朝から熊野本宮大社へ移動した。八木新宮線の特急バスだと第1便でも13時40分になり、そこまでどうやって時間を潰そうかと考えていた。そしたら、旅館のおばさんが9時36分発の本宮大社行きの村営バスがあると教えてくれた。 
 まあ、無理に八木新宮特急バスにこだわる必要もないかと思い、とりあえず村営バスに乗った。

町営バスで熊野本宮大社へ向かう

 約1時間ほどで熊野神宮大社に到着した。さっそく、長い階段を上って本宮大社に参拝した。その昔、京の都の人々が約1ヶ月かけて熊野詣にやってきたところだ。身体中が凛とした感じになるのは、聖地独特の周波数があるからだろうか。

熊野本宮大社の境内に入っただけで凛とした気を感じる
熊野本宮大社

神様は仏様の仮の姿

 本殿には下記の5体の神様がおられた。第1〜3は神仏習合である。神様は、仏が衆生済度のため、「権(かり)」に姿を「現(あらわ)」したものという本地垂迹(ほんじすいじゃく)説なんだそうだ。そのため、「熊野大権現」とというわけだ。そして、神仏習合の神様は、それぞれ現在~過去~未来をつかさどる神仏だということだ。

第一殿 夫須美大神(ふすみのみこと) =千手観音 現在を司る

第二殿 速玉大神(はやたまのおおかみ) =薬師如来 過去を司る

第三殿 家津御子大神(けつみこのおおかみ) =阿弥陀如来 未来を司る

第四殿 天照大神

第五殿 結びの神・祓いの神

 ともかく自分の自分の祖先の過去と現在まで元気にやってこれたことに感謝し、しあわせな未来をお祈りした。

熊野大権現のアドバイス

 私は神社にお参りしたら必ずおみくじを引く。熊野本宮大社でもおみくじをひかせていただいたが、その内容が、今の私の状況にあまりにぴったりだったので、驚いた。

このおみくじのなかに熊野大権現のアドバイスを見出した

 運勢は「小吉」。だが、それ以上に、このおみくじの言葉が良かった。

晴れ渡る月の光に、うれしくも行く手の道のさやかなりけり。

熊野本宮大社のおみくじ

その解説として、こう書いてあった。

暗くて見えない道も月がさし初め、あかるくなる如く幸福次第に加わる運ですから、あせらず、さわがず静かに身を守って進むべき時に進んで何事も成就すべき。

熊野本宮大社のおみくじ

 とても励まされるし、いろいろな意味で含蓄が深い。

 今後、運命が切り開かれる希望はあるが、いまの時点は、「あせらず、さわがず静かに身を守れ」ということ。まずは、一歩引いて、心身の疲れをいやし、自分を見直して、今後の方向をじっくり考えなさいということだろう。 そして、進むべき時が来たら、進め。そうしたら何事も成就するだろうと。

 たまたま引いたおみくじといってしまえば、それまでだが、ここまで自分の状況のぴったりの言葉なないと思った。きっと、熊野大権現からのアドバイスじゃないかと思った。

 考えてみたら、熊野大権現さんが3月ごろから、「なあ、お前、そのうち人生の転換期が来るから、ゴールデンウィークに熊野本宮大社まで来いや~」と声がかかっていたのかもしれない。

水害で流された元の熊野本宮大社があった場所

回り道も面白い

 お昼は、本宮大社の近くで地元野菜やジビエを出している「くまのこ食堂 」で鹿カレー とオーガニックジンジャーソーダを食べた。普通の民家を改造したとても素朴な感じの店だった。

ジビエカレーが美味しかった
くまのこ食堂は普通の民家を改造していた

 本宮大社前からから八木新宮特急バス(第1便、14時23分発)に乗り、新宮へ向かった。
 このバスは168号線をひたすら走るのかと思ったら、本宮大社前から168号線を離れていきなり山奥へと走り出した。山奥にある湯ノ峰温泉、川湯温泉、、渡瀬温泉などを回ってから再び168号線へ戻った。こういう動き方も面白い。人生、回り道があった方が面白いのと一緒だ。

168号線を外れて温泉へ回り道
ゆったりと流れる熊野川

 そのあとは、ゆったりと流れる熊野川に沿って新宮へと進んだ。

急な下り坂に注意

 新宮市内に入ってから、熊野速玉神社の近くのバス停で途中下車した。熊野本宮大社、熊野速玉大社、これに熊野那智大社にまで行けば熊野三山を全て回ったことになるのだが、今回は那智までは行けない。

熊野速玉神社
速玉神社では神倉神社の御朱印も頂けた

 熊野速玉大社で、近くの神倉神社の御朱印も頂いたので、あまり何も考えずに予定変更し、軽い気持ちで神倉神社へ行ってみることにした。
 ここは、熊野三山の神様が最初の降臨したとされる聖地である。その聖地へ登る階段が恐ろしく急で、心臓が破裂しそうだった。こんなにきついのを知っていたら、わざわざ予定変更までして来なかっただろう。

神倉神社

 でも、さすがになんとか登り切って神倉神社に参拝したときのすがすがしさはなんともいない。山の上から見る新宮市内の景色は素晴らしかった。

 ただし、降りるのがとても恐ろしかった。日本の経済は今後、成長することはなく、ゆっくりと下り坂になるという説もある。いや、私自身も下り坂かも知れない。ゆっくりした下り坂なら良いだが、ここの急な下り坂はかなり難儀だった。
 ともかく、下り坂になっているという前提の上で、そこをどう楽しく、緩やかに下っていく方向を考えるのが大事だというのも、熊野三山の神様からのアドバイスだったかもしれない。

この急坂は登るのも大変だが、下るのがその何倍も大変

不老長寿の薬を求めて新宮へやってきた徐福

徐福公園

 次の日は午前中、新宮市内を歩いて観光した。
 写真は、新宮の「中華街」の入り口というわけではない。中国の秦の時代に、皇帝から不老長寿の薬を探すようにとの命を受けて3000人もの子供を引き連れて新宮にたどり着いた徐福という人物のお墓がある徐福公園である。
 不老長寿の薬とは天台鳥薬というこの地に自生するクスノキ科の薬草のよ うだ。不老というわけにはいかないが、健康長寿ではありたいと思った。
 このほか、世界遺産・阿知須神社とその敷地内にある新宮市立歴史民俗資料館、新宮城跡なども見て回ったが、コンパクトな市内なので、徒歩でも午前中に十分に回れた。

新宮城跡
世界遺産・阿知須神社
熊野の神仏習合にかかわる仏様を現した「掛け物」(新宮市立歴史民俗資料館)

気動車特急「南紀」に乗って名古屋へ

   今回の旅の仕上げは、新宮発名古屋行きの特急南紀6号だった。国内でも数少なくなってきた在来線の気動車特急である。紀勢線を反時計回りに半周するのは、滅多にないことだ。
 天気も良く、太平洋側の風景を楽しませてもらった。
 名古屋で「きしめん」を食べて、新幹線で京都へ戻った。

旅をしながら「自分軸」の生き方を考える

 今回の旅は、「日本一長距離の路線バスに乗りたい」という動機から始まったが、図らずも旅をしながら、自分の人生や今後のキャリアプランを考える機会となった。
 この旅のなかで、いろいろと考えたことをまとめて、自分なりの言語化してnoteに投稿したのが、下記の記事だった。

  これもあまりにばっくりとしているので、もう少しまとまってきたら、また投稿したい。まずは、頭の中にあることを言語化することを通じて整理することが大事だと思う。
 ともかく、「今は焦らず、騒がず、進むべき時になったら進め。」を肝に銘じて。
 それにしても、旅というのは、日常の生活と違う環境に自分を置いて、新たな発想を得る効果があるらしい。今回は、そのことを実感した。

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