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願いが押しつけ、祈るなら許されるのかなぁ。でもこれは明らかに願い以外の何物でもないからどうしよう。

何かをするとき、やってみたいか、やりたくないか、どちらでもないかのメーターが表示される。ほんとはもっと繊細なんだ。AI並、いや、それ以上に。

理解が難しい計算式が並び、生まれた日から今日までの膨大なデータが、一瞬、もしくは2、3日。ときには1ヶ月、1年、3年…。
リアルタイムにデータが更新されながらの複雑すぎるプロセスを経る。それなのに、ペットボトルのキャップを開けるように単純に見える。

コロンブスのタマゴ。

ある人は、2時間かけて気持ちを込めて語り、ある人は、体を張って飛び込んだ。
ある人は、冗談まじりにそれを語り、またある人は涙を流しながら語っていた。

ただ涙を流し続け、口を閉ざしたままの人もいる。彼女は、悔しくて仕方ないわけでもなく、怒りで呼吸が荒ぶっているわけでもない。悲しみに暮れているわけでもなく、恐怖にうちひしがれているわけでもない。

ほんとは、わからない。

だって、話せない。

誰かが、1分で駆け抜ける。彼女が見届けている時間はどれほどなのか。

いろんなパターンがあるけれど、理由がわかれば、きっとノーブレーキでぶつかることなんて無いような気がする。

でも、だけど、だから、それで…

刹那、時間が生まれた。そのわずかな緩衝材が、たくさんの人を救ってくれた気がした今日。

私は、全てに理由があることを写真に写し、それを見ながら、1人1人に新しく生まれる現実が、明日へ繋がり、人の人生と同じくらいの長さを持った未来になることを願う。


今日、母へ質問を投げかけた。

「アイス食べるか、コーヒー飲むかどっちにしよう?」

「は?なんでそんなこと私に聞くの?自分できめればいいでしょう。両方食べて飲めば?」

めんどくさそうな声。
イライラしたようなスピード。

でも、吹き出してたような気がした。
一瞬笑ったように見えた。

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