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株式上場することの意味

1.IPOをする理由

教科書的には、IPOをする理由はいくつかあります。資本市場からの資金調達、信用力アップ、知名度の向上、上場するための整備を通しての管理体制の充実、優秀な人材の獲得等、理由は様々です。中でも、ベンチャー企業の創業者やそれを支援するベンチャーキャピタルにとっては、IPOによるキャピタルゲインの獲得(創業者利得)が大きいと思います。シリコンバレーでは日々億万長者が誕生しているという話は、枚挙にいとまがありません。

一方で上場すると、経営状況がガラス張りになり(東芝問題などを見ていると必ずしもそうとは言い切れませんが)、投資家からの厳しいチェックの元、コーポレートガバナンスを強化し、健全な経営を維持する責任が伴います。またディスクロージャーへの対応による経費や経営資源の負担の増加、買収されるリスク等、デメリットもありますので、メリットとデメリットを勘案しての総合的判断になってきます。

IPOをすることは、もちろんそれがゴールではなくて、上場企業となることで達成できる、あるいは実現を短縮できる会社のビジョンやミッションがあるはずですので、上場会社としては投資家へも配慮しつつ、各ステークホルダーとの関係性を保ちながら、成長を継続していかなければなりません。

2.同族企業と上場しない企業

一般的に上場会社は株主が分散しているので同族ではなく、非上場会社は同族企業が多いというイメージがあると思いますが、後者は当たっている半面、前者は意外とそうでないこともあるようです。非上場会社の場合は、そもそもが株式の譲渡が制限されているケースも多く、創業者の身内や一部の従業員、取引先で株主が固められており、同族企業であるケースが多いと思います。中小企業庁の「我が国の中小企業の実態」(平成22年2月)によると、資本金1億円未満の中小企業に限れば、3人以下の株主とその身内で過半数を保有する同族会社は約97%であるそうです。

しかし上場会社については、思いの外同族企業も多いようです。同族企業の定義、数字の取り方にもよるでしょうが、創業者の2親等以内を一族とし、一族の複数が「ベスト10以内の株主」または「役員がいる」の条件にあてはまる会社を同族企業と定義したところ、全上場企業の52.9%が同族企業とのことです(2015/9/9付 日経新聞電子版)。トヨタやニトリといった、創業家の名前を冠した社名の企業は同族企業の可能性も多分にありそうです。しかし、上場し て何十年も経っていると、社長が一族から排出されているとは限らず、株式も分散し、創業者の影響力はかなり薄れている気もしますが、実際は違っている ようです。

そもそも同族企業の定義は色んな基準があるので単純比較はできないのですが、世界的にも大企業の同族会社というのは少なくないようです。2014年6月24日の日経ビジネスオンラインの記事を抜粋しますと、

『米ハーバード大学のラファエル・ラポルタらが1999年に「ジャーナル・オブ・ ファイナンス(JOF)」に発表した論文では、世界27カ国の企業規模上位20社についてデータ分析を行い、「創業者一族が株式の20%以上を保有している企業」の比率は、27カ国平均で約30%にもなることを明らかにしています。』とあり、同族企業の大企業はグローバルに見ても高割合で存在するようです。

また上場していない大企業で有名なところでは、イケアやボッシュ、レゴは非上場です。また日本でも、YKK、竹中工務店、JCB等があり、サントリーの中核子会社とリクルートも長年非上場でしたが、この1年くらいの間に上場しています。これくらいの規模・信用のある会社になってきますと、非上場だからと言って金融機関からの資金調達に困ることもなく、優秀な人材も集められるため、創業者利得を除けばそもそも上場のメリットは必要なくて、むしろ上場することの弊害や負担の方が大きいため、上場しないということかもしれません。

3.上場会社が見習うべき同族企業の視点

上場会社と非上場会社、あるいは同族でない企業と同族会社のどちらがいいか、 という話は、置かれている環境や何を目的とするかによってメリットとデメリットの双方がありますから、明確な答えが存在するものではありません。

但し、よく言われる話として、同族企業はそうでない会社に比べて、長い時間軸で経営を考えられるという利点があります。将来の成長を見据えた投資や研究に資金を投下しても、すぐに成果が上がるとは限りません。しかし上場会社は四半期ごとに業績を投資家へ報告しなければならず、継続的な成長、すなわち売上や利益の対前年比での増加を期待され、市場からプレッシャーを受けます。

そのような中、売上や利益に直結しない投資/研究は、一次的に利益を圧迫することになりかねないので、本来行うべき投資や研究への支出を怠るかもしれないからです。そうすると、短期的に利益は出ても、長期的には新たな収益源が育たず、収益が先細りしてしまう恐れがあります。しかしその時には経営 者は後退しているため、投資や研究費を削減した経営者は、何ら責任を負うことはありません。

特に最近はROEが脚光を浴びており、この指標を上げるためには利益を増やすか資本を(配当や自己株買いにより)減らすしかないので、より短期的な利益への志向に傾いてしまいます。

その点、株主の大部分が同族株主であってその考え方が1枚岩であれば、一次的な利益の減少や損失は、将来の成長、企業の存続のために必要なものとの理解がされれば、同族株主から受け入れられることになります。ましてや経営者が同族出身者であれば、サラリーマン株主よりも信頼されやすく、理解もしてもらいやすいでしょう。従って、リスクの高い分野へも挑戦しやすくなります。但し、同族経営者が会社を私物化してしまう、あるいは意思決定が結果的に間違っていれば、会社が傾いてしまうというリスクはありますが。

企業経営にも攻めと守りのバランスが必要と考えます。攻めは長期にわたる成長を描くこととその実行、守りは、経営者が無茶をし過ぎないようブレーキをかけることで、その中心がコーポレートガバナンスと言えます。

株式会社という制度は、本来所有と経営が分離し、経営は優秀な経営者が行い、株主はそれを監視する、という役割分担が前提となっています。そして株式を上場することで、その過程においてと上場後の市場からのチェックにより、ガバナンスが強化されるのは間違いないと思います。ただそのガバナンスは、長期的な成長を阻害するものであってはならないので、その点考慮が必要です。 上場により短期的な思考に陥りがちなところを、そこは同族会社のような長期的な思考で経営する仕組みが出来れば、会社の持続可能性がより高まるのではないでしょうか?(作成日:2015年10月1日)

■執筆者:株式会社ビズサプリ パートナー 花房 幸範

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