「夜鳴鶯(ヨナキウグイス)」
テーブルに肘をつき、軽く握った拳で頬をついている、射す光の加減で金にも薄い茶にも、あるいは白にさえ見える長い髪を垂らしている。
伏せた目から伸びる長い睫毛が影をつくっている。影とその睫毛は一体になり、古い傷跡のように滑らかな頬に刺さる。
「街の様子は?」
正面扉が開く、数名が出入りする、吹き込んだ風が彼女を一周して外へ抜ける。
「先月の暴動で数百の死者が……現在も国軍と交戦中とのことですが……詳細は不明です、救護所の負傷者は増え続けて……」
「そう。変わらずというところね」
耳打ちする側近を手で払う、しかし、その声は透徹に澄み、落胆は感じさせない。
「そもそもが貧民街ですので……鎮圧というものは望めません。治安、衛生、すべてが限界ではないかと」
右に従える側近が忌々しげに告げる。彼らは彼女と違い、自らの存在意義に疑問を抱えている。
「声は……声は聞こえませんか?」
以前は教会だった、戦火に焼き払われたそれは骨組みだけを残し、救いを求める大衆が集う場所になった。
そこにいる者々は到底、冬を超えられそうもない粗末な衣しか身にしていない。
息が凍えている、連なる顔は一様に青く白く、痙攣するように歯を鳴らしている。
口の端に泡を浮かべている者もいる、既に絶えた者の姿も見える。
「聞こえてるわ」
彼女は白衣に身を包んでいる。焦げ跡、綻び、血や体液が染み、どこか世界地図のようにも見えるが、それでもそれは白だった。
「声は、私に届いています」
膝をつき、彼女を見つめる人々から感嘆が洩れる。
彼女は「声」を聞くことができる。本来、不可視である「神なる者」の声を聞きとれるという。
それ故、彼女のもとには救いを探す者が集う。
「わ、私たちはどうすれば……?」
「救われる術を私たちに……」
手立てを要求する声が飛び交う、正面の彼女へとぶつかるように発弾される。
人々は平和を願い、ときに争いさえする、しかし、放った銃弾が着地すべき場所を知るわけではない。
「今夜零時」
彼女は話し始める。
「この集会所にすべての薪と燃料を、あらゆる銃器を、火の点くすべてを集めなさい」
「そ、それはどういう……?」
「残念ながら手立てはそれ以外にありません。ここは既に限界だわ。この教会から街を焼き払うしか私たちは救われはしない」
「まさか……」
「『声』はそんなことを……」
仕方ないのよ。彼女は声にはせず思う。
「人類を救う為です」
伏せていた目が開かれる。そこに集まる人々を射抜き、同時に天を睨んでもいる。
私は……あなたたちを含め、この街に生きる者は皆、有効な手段を持たない、治療法のない熱病に感染しているの。
すべてを焼却してしまう以外にないの。
赦してください人々よ。これも救いのかたちのひとつなのです。
「墓場鳥」の別名を持つ、私の最期の使命なのです。
photograph and words by billy.
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