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連載小説「超獣ギガ(仮)」#11


ようやく初戦は佳境です(笑)。

第十一話「神技」

 見上げると透き通る冬の青。北から鳴る風はその音色だけで耳たぶを揺らすには至らず、しかし、正面の、視界の先の南、東京湾からの潮風が凍える体にさらなる試練を突きつけていた。岸壁に立ち向かった冬の波は縦に弾けて潰れて、止まることなく落ちる。発破によく似た音塊が飽くことなく繰り返されていた。

 東京、晴海埠頭。
 招かれざる災厄、地球の進化外生命体とされている、超大型の類人猿、もしくは巨大化した猿、超獣ギガと、国家治安維持機関ケルベロス、その精鋭七名の交戦は続いていた。太陽はすでに青を引き連れて地上を照らしてはいた、しかし、いまだ氷点下に、点々とアスファルトは凍りついたままだった。青ざめながら、どうにか白い光を跳ね返している。それを踏み壊すかのように、ケルベロスの特殊武器と、これから使用する対モンスターを捕縛するための監獄、冥匣を積載した特殊運搬車オーガスはその走行音を響かせていた。その容貌は、梯子車を思わせる。真っ白のボディ。その各所に、三匹の犬が前方を睨む意匠のシンボルが施されている。背には、梯子ではなく、十字型に展開された冥匣が頭に相当する部分を運転席の屋根に載せられ、硬直を続けていた。
 運転席には白髪の大男、小日向五郎。助手席にはタブレットで戦況を睨む雪平ユキ。二人の選ばれたバックアッパーは、インカムに指令の文月の声を聞きながら、花岡しゅり、鳥谷りな、波早風の三人がいる岸壁へ向かっているところだった。
「ドキドキしてるでしょう?」
 雪平は運転席の強面を揶揄う。一瞬、助手席の生意気に目線を送り、一層、その眉間のしわを深くしたが、しかし、
「正直に言えばな」
 初めての実戦だし。いや、年齢は関係ない。対峙したことのない相手に向かうのだ、よりによって、地球の進化の歴史の外に存在していると言われる、未知の侵略者が相手なのだ。フロントガラス。その遠く先。数分先に到達するであろう未来には、その巨体が立ち上がっている。真下から見上げるなら、その頭頂までは視界に入らないであろう巨大な躯体。
「熱源再び。活動再開。超獣ギガ、自立しました」
 タブレットと前方を交互に見つめながら、雪平はいつのクールさで状況をインカムに乗せていた。
「お前、怖くないのか」
「怖くないわけない。でもさ」
 私たちは戦う運命なの。二人はその巨体の近くにいるはずの三人の姿を思い浮かべた。そのとき、わずか未来、二人の視界には、上空へ跳躍するヒトの姿が映っていた。
 人はなんて小さくて、華奢なのだろう。まるで、塵や埃ではないか。
 それなのに。ビルほどもあるモンスターに立ち向かうことだってできるじゃんか。倒せないまでも、捕まえることならできるはずだ
「小日向さん、捕縛ポイントへ頼む」
 文月からの指令が届いた。小日向と雪平は同時に互いを伺い、そして、うなづき合った。
「波早が、上空から目標を叩き落とすと言っている」
 二人は見上げた。見慣れた空のはずなのに、そこには、脆弱なはずの人が跳躍していた。

 黒目の定まった一角の獣、超獣ギガは、その一つ眼に獲物を捉えていた。真上を駆け上がっては、機関銃を放つ華奢なメス。ついさっき、金棒を振り回していたオスはどこにいる? 空は咆哮を放ちながら、その一頭は肉体の再生を繰り返すうち、やがては知能の進化に至った。一角が青白く光る。視界。あるいは嗅覚が敵を察知する。聴覚もそうだ。超超高速移動で、自身の周囲を駆け回る害虫がいることを知っていた。肩。上腕と前腕。単純な筋肉組織は修復している。目の前に拳を作って、開く。どうやら、視力も戻りつつある。アイツラワテキ。アイツラヲコロシテヤロウ。華奢な体なら噛み千切れるくらいには、顎関節と周辺の筋肉、組織も回復していた。
 進化外生命体は、ヒト科との戦闘の最中、新たな個体になるくらいに進化を果たしていた。

「オーガスが到着したら、奴の重力場を転回してくれ」
 鳥谷りなはそれを聞いていた。部隊長である文月玄也からの指令だった。作戦はいよいよ最終段階だった。りなは真上を走る点、しゅりと、棍棒を構える波早の姿をひびの入ったメガネに捉えていた。インカムに続くのは、雪平ユキが伝えるバイタル情報、そして、その隣の運転席にいる小日向五郎からの、目標地点への到達予想時間だった。あと、二十八秒。二十七秒。そして二十六秒。カウントしているのは、指揮指令車にいる高崎要。それぞれがそれぞれのポジションから、対峙するはずの宙の一点を睨んでいた。
「行っくぞー」
 そこにいる七名と、そして、内閣総理大臣権限を行使して戦況を見ていた第百一代内閣総理大臣、蓬莱ハルコの総勢八名の精鋭たちに、空を駆け上がる花岡しゅりの声が届いた。彼女はいよいよ、今作戦において、最終の攻撃を仕掛けることを決めていた。遥か下、地上に向けて身を翻し、利き手に浮かべるピースサインは、真下から咆哮を続ける未知のモンスター、超獣ギガに向けられていた。
「天よ地よ。この光の源なるお天道様よ。我が心体、いまひとたび、この世の理すらも欺くことをお許しください」
 三人の声が合わさる。それぞれに、神を迎える瞬間のように、胸の前に手のひらを合わせていた。そして解く。目を閉じる。
「解放します」
 詠唱が終わる。左胸を叩いた手の甲に浮かぶ白い五芒星。開いた眼に漲る光。進化を果たしたヒトは、再び、獣に還元される。犬歯が尖る。
「来い、鳥谷!」
 太陽を塞ごうとする、痩せていてなお尊大な影から届く絶叫。
 あんたら、まじやばいわ。ほんなら、いったる。やってもうたる。今度こそ。今度こそ、このくそ猿を捕縛したらええねん。鳥谷りなは空に向けて吼える。左と右を繋ぐブリッジが破裂して、メガネが粉砕されていた。軽く握った拳を胸の前で、しゃくる。招き猫のポーズ。おらっ。行ってこい、この世界の場外へ。

 神技〝雪猫憑依(ゆきねこひょうい)〟

 砂や石。割れたアスファルト。そんなものが螺旋を描き、超獣ギガの巨体を包む。全長六メートル。約五百キロ。その体躯が重力を忘れ、空へと浮かび始めた。全壊させられた装甲車まで連れ、りなの神技によって、持ち上げられて、浮上する。少しずつその速度は上がる。そして、その頭上には、鋼鉄の棍棒をかまえている波早風が眼を光らせていた。牙を尖らせている。あとは。
 狼狽える眼球が左右を探す。
 あとは。
「任したでー」
 死ぬなよ、しゅり。しゅりを守ってやってよ、波早さん。自らを使い果たした鳥谷りなは、力を果たして、そのまま膝から崩れた。

 神技〝鬼腕力王(きわんりきおう)〟

 波早風も、再び、その能力を解放していた。血液が沸騰する。細胞が燃え上がる。その呼気は、火を吸い、吐いているようだった。右手の甲に刻まれた白い五芒星。担いでいた、重さ四百キロの棍棒の、そのグリップを握る。二度目の打撃だ。すでにへしゃげ、わずかに、くの字を描いていた。
「連れていけ、俺を空へ」
 それが鼓膜に届いたときの一瞬のこと。花岡しゅりは、古い記憶を振り解く。わずかに残った気力と体力。神技「鈴音一歩(すずのねいっぽ)」で、上空から地上へ帰還した。波早はしゅりの手をつかむ。
「任せて」

 神技〝鈴音一歩(すずのねいっぽ)〟

 再び、人が自力では飛ぶことのない、大空へと駆けた。その細い二人の肢体は消え、数十メートルの未来に現れる。階段を駆け上がるように、腕を振る。爪先が虚空を蹴って、跳躍した。
 敵である、モンスターの真上へ。
 波早はその細い体に身の丈を超える鋼鉄の棍棒、金剛力ノ粉砕棒こと、ブブ・ラゼルを担ぎ、浮上させられて自らへ近づいてくる超獣ギガを捉えた。そして、地上には、巨大な十字架が走行してきたのを確認した。
「捕縛ポイントに到着」
 インカムから雪平。
「思い切り打て、波早」
 そして小日向。
 上空。六百メートル。澄み渡る、透徹なる冬の青。
「先に帰っててくれ」
 波早は手を離す。うなづいて、しゅりは離れた。戦闘エリアを離れるまで何度か跳躍して、すぐにその姿は見えなくなった。
 直後。自由落下中の波早の真下に巨体が、その頭が接近していた。間もなく、打撃領域。グリップを握る腕、上腕が盛り上がる。烈火の眼光。
 そして、渾身の一閃。
 振り抜かれた棍棒が超獣ギガの背骨を捉えた。手応えあり。粉砕したはずだ。
 空から降る破裂音。体を折り曲げられたモンスターが、地上に向けて落下してきていた。

つづく。
artwork and words by billy.

 先週はおやすみさせていただいていた「超獣ギガ(仮)」の第十一話です。
 今回から、主人公たちが使う超能力を「超法術」から「神技(しんぎ)」に変更しています。タイトルに(仮)がつきますように、書いている本人も完全な見切り発車ですので、作内用語に「?」なものがあるんです。しっくりこないまま使っていたりします。
「こっちのがえんちゃうん?」みたいに、まだまだまだまだ、ぐるぐると考えたり、迷ったり。
 次回、ようやく(長くなりましたね……)、初戦は終わり、物語のほうをすすめたいと考えています。何卒、お付き合いくださいませ。
 地球上の正統進化ではないモンスター「超獣ギガ」の秘密。隠蔽、改竄された人類史。 月の謎と先住民族。
 そして、神技を使う主人公たちの過去と謎。そんな盛りだくさんでお送りする予定です。

©️ビリー

ここまでの「超獣ギガ(仮)」はこちら。


 もちろん、テーマ曲は幾田りらさんの「JUMP」です。
 それでは、また。ビリーでした。

#創作大賞2023


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