サンマの塩焼きと、謝る男
「ごめん!ごめんってば!」
その日、私がなじみの居酒屋に行くと、カウンターの後方にある小さなテーブル席で、男性がしきりと女性に謝っていた。おそらくカップルなのであろう彼女の方は、ふくれっ面をしている。
「もういいよ。しょうがないじゃん」
納得したのかしていないのか、彼女は口をとがらせたまま、日本酒を飲み始めた。何を謝っていたのかわからないが、彼の方もちょっとホッとした表情になって、グラスに残っていた日本酒をグイッと飲み干した。
「あ、そういえば…」
「ん?そういえば?」
私が注文した夏酒をグラスに注ぎながら、店主が言った。この店の日本酒は、冷えたグラスになみなみと注がれる。
「今年さ、サンマってずい分早くから出てるよね?」
「サンマ?ああ、そういえば、今年から通年操業になったからね」
「通年操業?」
「そう。今までは夏が解禁だったんだけど、最近は不漁らしくて、年中獲ってもいいことになったらしいよ。今年は5月頃からスーパーとかに出てるんじゃないかな」
「やっぱり!なんか早いな~、と思ったのよね。この店は?」
「そうだねぇ。そろそろ出してもいいかな。いいサンマが入ればね。でも、なんで急にサンマの話してんの?」
「え?サンマって、ソーリー(saury)とかパシフィック ソーリー(Pacific saury)っていうから」
「ソーリー?」
「そう。アイムソーリー(I'm sorry)のソーリー。綴りは違うけど」
「え?サンマって、謝る魚ってこと?」
「綴りは違うけど、私はそう覚えてるんだよね~」
テーブル席のカップルの会話を聞いて思い出しちゃった、と言いたいところだったが、それは言わなかった。その言いたいセリフを、冷たい夏酒とともにゴクリと飲みこんだ。
いつの間にかテーブル席のカップルは、仲直りをしていた。ふたりともほろ酔いになって、仲良く会計を済ませると、夜の街へと消えていった。
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