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ばれ☆おど!㉓


 第五章 歌う猛獣使い


 第23話 謎の美少女


 雀ヶ谷南高校の名を一躍有名にした〝動物愛護部〟――校内の生徒はもちろん地元でもその功績を称える人々で溢れていた。
 それもそのはずである。
 ごく普通の高校生といえば語弊があるが、高校生が国際的な組織に挑んで壊滅とまではいかないにしても、かなりのダメージを与え、国際社会に貢献したのだ。当然の帰結といえよう。

 だが、それを快く思わない者もいないわけではない――。

「アイツら! 余裕ぶっこきやがって!」
 そいつは、その言葉を口にしながら、転がっている空き缶を思い切り蹴り上げた。

 カーン、カラン、カン、カン、カカカカン

 八神隼人――雀ケ谷南高校に在学中、問題を起こし退学処分になる。十九歳。無職。動物愛護法違反歴有り。

 彼とその仲間は去年の春、源二の愛銃〝アンサー〟の制裁によって、死ぬほどの思いをした。それ以来、なりを潜めていたのだが、そろそろ我慢も限界に達していたのだった。

 当時のグループのメンバーは入れ替わり、今は八神がそのリーダーとなっている。

 八神は高らかに宣う。その様は、さしずめ政治家の街頭演説と言ったところだ。

「そろそろ俺たちも限界だ。アイツらをぶちのめさない限り、俺たちに明日はない。俺たちにだって人権はある!」

「そうだ!」
「そうだ!」
「おう!」
「だぜっ!」

「そこでだ! 俺たちには心強い味方がいる。わかっていると思うが、その方たちとは『虎馬会』の方々のことだ」

「兄貴! でもヤバくないですか? 『虎馬会』って人の命を屁とも思わないやつらばっかりっていうじゃないですか」

「もう、遅い。話はつけたんだ。成功の暁には『虎馬会』の傘下に入ることになっている。もう後戻りはできない」


 ◇ ◇ ◇

 雀ヶ谷南高校新聞部の部室は静まり返っていた。使い古された表現だが、まるで通夜のようだというのが、この場合、いちばんしっくり来る。

 誘拐犯からの脅迫状を手にした新聞部の副部長である藤原大福丸は言った。
「部長が誘拐された。犯人の要求は、我が校の誇りである動物愛護部のメンバー全員を指定の場所に行かせることだ」

「副部長! ダメです! そんなこと」
「それは、わかっている。彼らに一番恩を受けているのは、この僕なんだ!」
「じゃあ、どうして?」
「この三日間、僕は眠れない夜を過ごした。警察への通報、我が家の私設探偵を使った解決、その他いろんな手段を考えていたんだ。だが部長が一番確実に助かる方法は、犯人の要求を呑むことだ。あの人たちの力を信じようと思う」


 ◇ ◇ ◇


 その日の放課後、動物愛護部の部室では重要な発表があるということで、静まり返っていた。

 源二が口を開く。
「さて、今日は重要な話があると、言っていたな。その話を今からする」

 カン太をはじめとする部員達は真剣な眼差しを源二に向ける。

「ずっと、私はこの動物愛護部でこの三年間近く部長を務めてきた。それには訳がある。その訳なんだが、それはだな。私には……」
 源二がそう言いかけた時――

 コン、コン、コン

 規則正しく、ノックの音が静まり返った部室に響いた。

「……どうぞ。お入り下さい」
 源二がそう言うと、扉が、すっと開いた。

 そこには長身の美丈夫と言ってもいい――そんな男子生徒が緊張の面持ちで源二たちを見つめている。

「おう! 藤原君ではないか! もうすっかり元気になったようだな」
 源二がそう言うと、藤原は深々と頭を下げる――そして堰を切ったように話し始めた。

「動物愛護部の皆様!! お願いがございます」

「いきなり、どうしたのだ? お願いとはなんだね?」
「部長が誘拐されました」
「なんだと?」
「解放の条件が、あなたたち動物愛護部が全員、指定の場所まで行くことです」

「…………フフフ、どうやら、我々に恨みを持つ者の中に、あきらめの悪い奴が、いるらしい。それなら、つぶすしかない! 我々は逃げも隠れもしない」


 翌日の放課後、動物愛護部のメンバーである、源二、うるみ、緑子、シータを抱いたカン太、そして新聞部副部長である藤原大福丸は約束どおり指定の場所である、あの旧雀ケ谷第二小の跡地に出向いた。

 去年以来ずっと放置されていて、不良たちのたまり場としては恰好の場所となっている。

 しばらくすると、雨が降ってきた。

「約束通り、来たな。感心だぜ」
 八神がそう言うと、人質になっている新聞部部長であるアイリを連れて、仲間たちが出てきた。
 アイリは猿ぐつわを口にかまされて、後ろ手に縛られている。小柄な金髪ツインテールの彼女の首筋にはナイフが当てられている。

 大福丸が叫ぶ。
「約束通り部長を返してもらおうか」

「まあ、慌てるなよ。まずはたっぷりと歓迎しないとな」
 八神がそう言うと、背後からぞろぞろとチェーンやナイフ、木刀で武装する集団が現れた。
 その人数はざっと二百人というところか。たちまちカン太たちは取り囲まれた。

「ちょっとでも動いてみろ。この可愛いロリ娘の命はないぜ。ハハハハハ……」
 連中はじりじりと間合いを詰めてくる。

 源二の額には冷や汗が浮かび、頬を伝って流れ落ちた。このままでは、確実に生きてここから帰れない。敵に銃口を向けることができず、愛銃〝アンサー〟を握る手に力が入り小刻みに震えている。

 うるみも緊張し張り詰めた表情をしている。攻撃の構えを見せるものの、どうすることもできない。

 緑子は険しい顔をさらにこわばらせている。アイリが人質になっているため、ボウガンを敵に向けることができずにいた。例え向けられたとしても、この人数では矢が絶対的に不足している。

 カン太は思う。
(この前よりもやばい。これまでか?)


 雨がしだいに〝みぞれ〟になってきた。
 ――どこかから、機械音のような歌のような、動物の鳴き声のような、奇妙なリズムを刻む音が聞こえてくる。
 すると、信じられないことが、起こる。

 突然、野良犬や野良猫の群れが現れ、アイリの周りの不良どもを襲いだしたのだ。不良たちはアイリを置いて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 あっけにとられていると、そこにはアイリの戒めを淡々とした様子で解く、謎の美少女の姿があった。野犬の群れと野良猫たちが彼女の後ろで伏せて控えている。

 それを見た源二が叫ぶ。
「いまだ! アカン! あれを投げろ!」

 はっとして、カン太は手にしたものを投げる。
 それは放物線を描いて敵の密集したところに落ちた。すると小さな炸裂音と同時に無数のBB弾が飛び出し、付近にいた数十名の敵はあっという間に意識を失った。

 源二は自慢げに言った。
「どうだ? 我が発明品〝コペルニクスの卵〟の味は。ははははははっ」

 カン太は「エイ! ヤア!」という掛け声を出し、卵を投げまくる 。
 次々に空から飛来するその卵は大半の敵を気絶、あるいは悶絶させた。
 そこに、源二の愛銃〝アンサーが〟さく裂する。緑子もボウガンで走り込んでくる敵を次々に倒す。うるみはその風のような軽やかな体術で巧みに攻撃を躱しながら、近づいてくる敵の首に手刀を食らわし、気絶させた。

 二百人以上いたはずの烏合の衆はわずか五分で壊滅状態になった。

 苦悶の表情を浮かべ片膝をついている八神の胸ぐらをつかんで、源二はくっつかんばかりに顔を近づけると、言った。

「残念だったな。八神とやら。これでお終りだ。もう二度としないと、誓えるかな?」
 源二は銃口を八神の口に突っ込んだ。

「ふぁふぁ、ふぁい……」
 恐怖のあまり、八神は失禁していた。

「そうか。いい子だ」
 八神の震えで歯が銃身に当たり、ガチガチと小さな音が聞こえてくる。

「ユーが今後また〝おいた〟しないように、今のユーの情けない姿を撮影しておく。もし、変なそぶりを見せれば、世界中に拡散させる。いいな」
 そう言うと源二は八神を突き飛ばし、フルオートでBB弾のシャワーを浴びせた。
 八神は悶絶する間もなく気を失った。


 そして、源二はそこから立ち去ろうとしている美少女に声をかける。
「世話になった。感謝する」
 赤いアーガイルチェックの傘をさしている謎の美少女。
 ――彼女には美術品を思わせる芸術のきらめきがある。金色の長い髪。左が緑、右が青のオッドアイ。まるで彫刻のような整った顔の輪郭。それは見るものを惹きつけずにはおかない。


 ふと気がつくと、空から無数の雪が舞い降りて来ていた。白銀の雪はキラキラと輝きを増し、彼女を祝福しているかのようだった。



(つづく)


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ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです