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ばれ☆おど!㉖


 第26話 新たなる刺客


 樹里の急用のため、深牧邸を後にするカン太と緑子であった。

 駅前のショッピングモールに入る――。
 それまで、ずっと沈黙していた緑子が、皮肉混じりに言った。
「カン太。あんた、ロリッ子に大人気だったわね」

「そうかな? 別にふつうじゃなかった?」
「まあ、いいわ。でも気をつけなさいよね」
「ん? 何に気を付けるのさ?」

 緑子の顔には〝氷の微笑〟が浮かんでいた。

「ちょっとでも、あんたが変なそぶりを見せたら、こうするのよ」
 そういうやいなや、緑子がカン太の首を絞めてきた。

「…………ぐ、ぐるじい、や、やまデグレ……」

 緑子はカン太の首から手を放した。

「何するんだよ! 殺す気か!」
「いつから、あんたは○島竜兵になったの? 聞き訳がないともっと苦しむわよ」
 そういうと再び緑子がカン太の首を絞める。

「………………ぐ、ぐ……………」

 必死にカン太が、ギブアップのゼスチャーをしてもがくと、緑子は首から手を放した。
「わかった? 私は本気よ」

 首をさすりながらカン太は言った。
「…………わ、わかっ、た、よ。ぜえ、ぜえ……」

 カン太は思う。
(おまえなぁ。ほんとに勘弁して欲しいんだが)

 気を取り直して、カン太が話し出す。
「それにしても、競走馬とかって、お金持ちは違うよな」

「そうね。まさか馬主だったとはね」

「でも、深牧さんが可愛がってた子馬が突然いなくなるなんて、ちょっと心配だね」

「は? なんであんたが心配するの? あ、そうか。そういうことか」
 そう言うと、緑子はゆっくりと手をもみ始めた。

「ま、まて、そういう意味じゃない。オレは子馬が好きなんだ。それだけだ。信じてくれ」

「…………まあ、いいわ。わかった」


 ◇ ◇ ◇


 ショッピングモールを抜けて、ふたりは駅に着いた。
「じゃあ、カン太、また明日」
「おう、じゃあな!」

 緑子と駅で別れ、自宅に向おうとしたカン太の前に、一人の女が現れた。
「あら、ちょっと、そこのお兄さん。あんた有名な人よね。そう。吾川カン太君」

 彼女の鎖骨のあたりまで届く水色の髪は、なぜだろう? 蛇を連想させる。いや、ワッフルパーマがかかっているだけなのだが……。その瞳は、人の心を見透かしたような淡いうす紅色をしていて、夕暮れ時にのぞく,万華鏡の幻想的なきらめきを感じさせる。きっと、その蠱惑的な眼差しから、何かが放射されているに違いない。

 彼女と目が合うとカン太は、思わずドキリとする。

「そうです。オレは吾川カン太ですが」

「アタシね。あんたの大ファンなの」
 カン太は、いきなり腕を組まれ、寄りかかられる。

「ねぇ。私のお願いきいてくれない?」

「な、何でしょうか?」

「アタシの目よく見てくれる?」

「わ、わかりました」


 彼女の淡い紅色の瞳が、一瞬赤くなった。
 するとカン太の脳裏に、不思議なビジョンがよぎる。
 ――それは太古の深海の生物のイメージ。数億年の時を経て、現代に至り、化石という名の石になる。
(動けない!! まるで石にでもなったように、動けない)

「フフッ、あんたはね。しばらく動けないのよ。だから、アタシの思うままの、ただのお人形さんよ。お人形さんはね。飽きちゃうとバラバラにされるのよ。知ってる?」

 カン太は目を動かすことすらできない。
(どうなっているんだ? 夢でも見ているのか?)
 そう思ってジタバタしても、焦るばかりで、何もできない。
 狂気じみた彼女の表情、そしてこの動けないという状態。カン太は言い知れない恐怖にかられる。

「じゃあ、これからお人形さん遊びしようかな。エヘヘ。じゃあ、まずは服を脱がして、着せ替え人形ごっこからかな? それともお医者さんごっこもいいね。あ、アタシの場合は本当のメスで切っちゃうんだけどね。お○んちんとか。楽しいよ。うふっ」

 カン太は恐怖で顔が引きつるところだが、まったく動かない。
 突然、黒のワンボックスカーが目の前に止まる。すると中から、あの黒服たちが二人現れカン太を、車に押し込み、縛り上げた。
 車はタイヤを鳴らしながら、その場を立ち去った。


 ◇ ◇ ◇

 目隠しをされて、三十分ほど、走ると目的の場所についたらしい。
 目隠しを外されると、薄暗くて中の様子はよくわからないが、倉庫のようなところに連れてこられたようだ。
 気が付くと、体が動くようになっていた。しかし、ロープで手足をきつく縛られているため、逃げられない。

「さて、本題に入ろうかしら。まあ、うちの幽霊さんも、あなたたちみたいな子供にやられちゃうなんて。あまあまだよね。だけどアタシは、そんなに甘くないわよ」

「……幽霊?! 何のことだ?」
 ようやく口を利けるようになったカン太は、鋭い視線を向け疑問をぶつけた。

「あら、そう。動けるようになったの。それなら、もう一度ね」
 視線が合う。彼女には、何か特別な力が備わっているらしい。

(まただ。あの古代の生物のビジョンが……)
 果たして、カン太は再び動けなくなる。

「キャハハ。生意気なガキは黙れ! あ、そうそう。幽霊だったわね。スペクターよ。知ってるでしょ? あのダサいおやじのことよ。そのことは、これからたっぷりと、聞かせてもらうからねぇー」

「…………」

「ということで君が組織のことを、どこまで知ってるのか、教えてもらおうかな?」
そう言って、右手を高く振り上げると、思いっきりカン太の頬を殴った。

 ビシッ

 その痛々しい鞭のような音は、倉庫の中で不気味に反響した。
 何度もカン太の頬に平手を食らわせる。しかし、カン太は声が出ない。動けない。

 ビシッ、ビシッ、ビシッ   

「どお? 痛いでしょ? 動けなくても痛みは感じるのよ。うふふっ」

 彼女の病的な微笑みに、カン太の心臓は凍りつく。

「じゃあ、二度と私に逆らえないように、動けるようになるまで、たっぷりといたぶってあげ……」

 グサッ

 その時だった。
 鈍い音を立てて、彼女の腕に、ボウガンの矢が深々と突き刺さった。
「……いたぁ……だ、誰?」


「フフフ……」

「お前は吾川緑子!」

「そうよ。ひさしぶりね。〝メデューサ〟」
 緑子は目を閉じている。
 そしてボウガンを構えた。
 その場にいた黒服が銃を緑子に向けるも、銃口に矢が侵入して暴発する。そのショックで二人とも倒れ、意識を失う。カン太を縛っていたロープも切れて、するりと床に落ちた。

「アハハハハ、目を閉じての攻撃。さすが〝暗闇からの執行人〟ね。私の天敵さん」
「お前は死んで償わなければならないほどの、大罪を犯した! よってこれより執行に取り掛かる」

 怒りに駆られた緑子は、十数本の矢をメデューサの手足に打ち込み、完膚なきまでに打ちのめした。メデューサは、もはや、動くことすら叶わない。
「待って……あんたとの……付き合いも長い……昔のよしみでさ……見逃してくんない?」
怒りに燃え盛る緑子の瞳には、一片の迷いもない。
「腐れ縁もこれでおしまいよ」
そう冷たく言い放つと、緑子は目を閉じたまま、ボウガンの矢をメデューサの心臓に向けた。

「まて! 緑子! 聞いてくれ!」

 その時カン太が、メデューサの前に立ちはだかった。両手を広げ、緑子に向かって叫ぶ。
「この人だって命ある者だ! 正直いうと、お前を人殺しにはしたくないんだ。だからやめてくれ。お願いだから!」
「あ、吾川……おまえ……このアタシ……を守ってくれる、のか?」
「勘違いするなよ! 言っただろ。緑子を人殺しにしたくないって」
「フ、フフフ……」

「そこをどいてカン太! そいつはあんたに、ひどいことをしたのよ。当然の報いよ」
 その時、緑子は目を開けていた。その一瞬の隙を、メデューサは見逃さなかった。

「ぎゃくてーん! キャハハ。大逆転!」

 そう言いながら、矢を引き抜き立ち上がるメデューサの傷口は、みるみる塞がっていく。
 緑子は石のように固まって、動けない。
                              


(つづく)


                              

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