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バレエ漫画60年の遍歴 1970年代編

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1970年代

『アラベスク』と『SWAN』。この2作品の登場は、バレエ漫画のビック・バンを意味します。
60年代までのように、母親がバレエをやっていたから主人公も当たり前のように踊れる、なんてことは、もうあり得ません。「アン・ドゥ・トロワ」のかけ声で終わる練習風景も、70年代以降は消え去ります。
主人公には、バレエの楽しさを教えてくれた「バレエの母」がいて、バレエとは何たるか教えてくれる先生がいます。
そして主人公は、バレエという芸術の真髄に近づくために踊るようになります。

バレエ漫画の作風が一新された70年代ですが、多くの編集者は、「バレエ漫画はもう古い」「描くならスポ根モノに」という意見でした。
『アラベスク』は3回、『SWAN』は10週で終了の予定で、2作品とも初めは歓迎されていなかったと言われています。
しかし、漫画の名作はいつも編集者の意表の突かないところで誕生します。

本格的なバレエ漫画が登場するようになった背景として、
特に山岸先生のような、幼少の頃バレエを習うことができた世代が漫画家として活躍していたことも大きいでしょう。

また、70年代だけに顕著に見られるバレエシーンの表現があります。

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【図8】『アラベスク 第一部』より引用

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【図9】『SWAN―白鳥―』より引用

バレエの途中の動きを、アニメーションのコマのように、全て描く表現方法です。
余談ですが、この手法は石ノ森章太郎先生が起源なのでは?と思っています。ご意見募集中です(笑)。

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【図10】『サイボーグ009』より引用

70年代は、日本のバレエ界でもビック・バンが起きました
今でも現役で活躍されている森下洋子が、1974年ヴァルナ国際バレエコンクールで、日本人初の金メダルを獲得しました。
「バレエはヨーロッパのもので、日本人が立ち入る隙はない」という、世界的偏見を払拭しました。
『SWAN』では、実在するバレエダンサーの中に森下洋子も登場します。

1.『アラベスク』 山岸凉子

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【図11】『アラベスク 第一部』より引用

掲載年/掲載誌:
(第一部)1971~1973年/りぼん
(第二部)1974~1975年/花とゆめ
巻数:完全版全4巻(メディアワークス)
主人公:ノンナ・ペトロワ(16~19歳)
登場国:
(第一部)ソ連、フランス
(第二部)ソ連、スウェーデン

あらすじ
現在のロシア連邦がソビエト連邦であった時代、キエフ・シエフチェンコバレエ学校の6年生ノンナ・ペトロワは平凡な一生徒であったが、ある出会いで運命の扉が開きはじめた。バレリーナを目指すノンナの挑戦が始まる。…
(完全版あらすじより)

「『アラベスク』は、バレエ漫画の全てを変えた」。

漫画好きの方なら、このような話を聞いたことがあるかもしれません。
具体的にどういうことかと言いますと、次のように言い換えられます。

「2020年まで続く、以降のバレエ漫画の醍醐味は、実は全て『アラベスク』で描き尽くされていた。」

『アラベスク』は、バレエ漫画の絵と、読者が持っていたバレエのイメージを大きく変えました。

まず、身体の描き方が60年代までと全く違うことが分かります。
例えば、脚の甲が高い方がきれいであることや、つま先で立つと膝は出ないことなど。人物のシルエットや頭身の比率も異なっています。関節の向きや筋肉の筋も、60年代と比べて分かりやすくなりました。
(山岸先生の、『アラベスク』を描くために絵柄を変えた話も有名です。)

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【図12】身体の描き方比較(『バレエ星』より引用)

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【図13】身体の描き方(『アラベスク 第一部』より引用)

少女たちが『アラベスク』で本当のバレエの世界を知り、ショックを受けたことは容易に想像できます。
バレエにはヒエラルキーが存在する厳しい世界であること。コールド・ダンス(群舞)、キャラクターダンサーを経ないと、団のトップであるプリマになれません。憧れのお姫様役までの道のりは、こんなにも遠いものでした。

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【図14】『アラベスク 第一部』より引用

しかし、読者にとって一番衝撃な事実は、このことではないでしょうか。

プリマになることは、こんなにも孤独で自分との戦いであること…。

本格バレエ漫画の誕生の背景には、山岸先生の「「きちんと教わって踊るバレエ」を描きたかった」という想いがあります。
舞台をソ連(ロシア)にした理由についても、「バレエ教室はあってもバレエ学校もない日本を舞台にはできないって思い込んでいた」と述べています。

そして本作は、バレエ漫画だけでなく、少女漫画を語るうえでも外せない重要な作品です。
少女漫画の重要な要素の1つである「画風」について、大きな衝撃を与えました。
特に第二部の、ミュシャ風の印象深く可憐なカラーイラスト、オーブリー・ビアズリー風の美しいモノクロームには、誰もが目を奪われたはずです。

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【図15】『アラベスク 第二部』2巻表紙より引用

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【図16】『アラベスク 第二部』扉絵(『花とゆめ』1975年14号)

ノンナとユーリの恋愛関係は、後に少女漫画の普遍的なテーマの1つになる「自立した女性像」の先駆けとなりました。
『アラベスク』がなければ、せのおが好きな少女漫画の名言、「女の成長を妨げるような愛し方はするな」は生まれなかったと思います(笑)。

数々の偉業を残した『アラベスク』、山岸先生デビュー3年目で2作目の連載作品ということにも、驚きですよね~…。

☑その他の見どころポイント

苦悩するユーリの姿…!!

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【図17】『アラベスク 第二部』より引用

数々の困難を乗り越えるノンナと同じくらい、実はユーリも苦しんでいることに、読者は複雑な気持ちになります…。しかし!ここが本作の面白さでもあります!!

2.『SWAN―白鳥―』 有吉京子

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【図18】『SWAN―白鳥―』より引用

掲載年/掲載誌:1976~1980年/週刊マーガレット
巻数:愛蔵版全12巻(平凡社)
主人公:聖真澄(中学3年生~高校3年生)
登場国:日本、ロシア、イギリス、アメリカ

あらすじ
15歳の聖真澄はマイヤ・プリセツカヤのスワンに大きく感動を受け、公演後、彼女の前でブラック・スワンの一部を舞う。全ての始まりはそこからだった……。
https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/2109/

『SWAN』は、プロのバレエダンサーが「好きなバレエ漫画」に挙げているのをよく見かけます。
有吉先生は、本作の姉妹編・続編も描かれています。2019年には、真澄の娘の物語『まいあ』の続刊が10年ぶりに発売されました。
中断期間も含めれば、『SWAN』のシリーズ連載は43年にもおよびます。有吉先生のライフークであるとともに、累計発行部数2000万部以上を誇るバレエ漫画の絶対的な代表作の1つです。

『SWAN』の最大の特徴は、主人公・真澄がバレリーナとしてどうあるべきかが徹底して描かれていることです。
「バレエを踊る」ということは、「バレエという芸術の創造者であること」であり、自身の解釈を踊りに反映させることを意味しています
例えば、真澄とライバルのラリサが「白鳥の湖」のオデット(第4幕)を踊っても、2人は対照的な役の解釈をするため、演じ方が全く違うのです。

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【図19】ラリサのオデット(『SWAN―白鳥―』より引用)

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【図20】真澄のオデット(『SWAN―白鳥―』より引用)

このバレエの魅せ方から、読者のバレエの鑑賞力が養われているような感覚にもなります。(笑)

「SWAN」というタイトルに回帰している物語展開も、全編を通じて見どころなのではと感じます。
真澄が「白鳥の湖」を踊るシーンから始まり、「みにくいあひるの子」のあひるから白鳥に生まれ変わる踊りで終わります。
真澄の成長が一番感じられるラストシーンでした…!

200話以上にも及ぶ話数から、登場しているバレエ作品は圧倒的に多い印象です。
現代アートの本拠地アメリカ(ニューヨーク)も舞台になっていることから、「モダンバレエ」も登場します。
『SWAN』を初めに、バレエ漫画では、ニューヨークでモダンバレエの代表作「ボレロ」を踊ることが定番になります。

そして『SWAN』は、何といってもバレエシーンがとにかく豪華絢爛で美しいです!!
大胆なコマ割り、浮かび上がる情景…何とも素晴らしいです!!!

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【図21】『SWAN―白鳥―』より引用

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【図22】『SWAN―白鳥―』より引用

☑その他の見ごたえポイント

ルシィの「ボレロ」!

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【図23】『SWAN―白鳥―』より引用

NYに渡った真澄は、初めて踊るモダンバレエにとても苦戦します。NYで友人になったルシィが自ら「ボレロ」を踊り、モダンバレエの真髄を教えてくれます!
このシーンで、せのおは動画サイトで「ボレロ」を観まくるほど影響を受けました。(笑)

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