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バレエ漫画60年の遍歴 2000年代編

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2000年代

00年代は、バレエ漫画の快進撃が始まります。
青年誌、女性誌、そして文芸誌で、初めて長編バレエ漫画が連載されました。
掲載誌が拡大されたことにより、バレエを踊る主人公のバックグランドも多様化していくのが特徴です。

同時に、これまで見なかったほど、バレエ漫画の連載が長期化します。
連載の長さだけで作品の良し悪しは決して評価できません。
しかし、読者からの支持がないと、厳しい連載競争の中で作品は続けられません。00年代以降は、少女だけでなく、男性からもバレエ漫画の支持が得られるようになります

そして00年代は、バレエ漫画界に新たな彗星が現れます…。
山岸凉子先生、2度目の長編バレエ漫画の登場です。

日本バレエ界も、00年代は快進撃です
欧米の名門バレエ団で、日本人ダンサーのプリンシパルが輩出されました。
2007年、仲村祥子がベルリン国立バレエ団でプリンシパルに就任。
2009年には、倉永美沙がボストンバレエ団で、アジア人初のプリンシパルとなりました。

1.『Do Da Dancin’!』 槇村さとる

続編:『Do Da Dancin’!ヴェネチア国際編』

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【図35】『Do Da Dancin’!』より引用

掲載年/掲載誌:
(本編)2000~2004年/ヤングユー→ヤングユーカラーズ
(続編)2006~2013年/オフィスユー
巻数:
(本編)単行本全9巻
(続編)単行本全13巻(いずれも集英社)
主人公:桜庭鯛子(22~25歳ごろ)
登場国:
(本編)日本
(続編)日本、フランス、イタリア

あらすじ
お魚屋さんの一人娘・桜庭鯛子。幼い頃からバレエを始め将来を嘱望されていたが、14歳の時に母を亡くす。
それ以来情熱を失い、夢も目標もないまま踊る日々の鯛子だったが、世界的トップダンサー・三上 朗と出会い…!?
https://www.s-manga.net/items/contents.html?isbn=978-4-08-618750-3

槇村先生の代表作には、「ダンス」を扱った作品が多数あります。
『愛のアランフェス』『白のファルーカ』でフィギュアスケート・アイスダンス、『ダンシング・ゼネレーション』『NYバード』でジャズダンスの世界観を描きました。
本作は、槇村先生初のバレエ漫画であり、女性誌初の長編バレエ漫画です。
主人公も、バレエ漫画初の20代女性。掲載誌に合わせた設定と言えます。
続編と合わせると、11年間の連載に及ぶ人気作となりました。

主人公・鯛子は、「プリマを目指す女の子」ではなく、「自分のダンスに生活がかかっている女性」です
14歳の時にプロのバレリーナへの夢をあきらめたが、バレエを辞める勇気もなく、なんとなくバレエ団に所属していた鯛子。トップダンサーの三上との公演を通じて、かつての情熱を思い出していきます。
「プロのダンサーとして食べていく」ために、再びバレエへ打ち込むところから物語が始まります
鯛子が作中で初めて踊るのは、「ジゼル」のミルタ。
これまでのバレエ漫画だったら、初めから主役のジゼルを踊っていました。
脇役からのスタートに、主人公の背景が表れている点にも読み応えがあります。

職業ものとしても、鯛子がバレエでどのようにキャリアを確立していくのか、非常に面白いです。
バレエ団の公演だけでなく、自主公演、CM出演などなど。自分を売って踊る機会を得て、そこで結果を出さなくてはいけません。バレエを踊る場が、これまでに見ないほど多岐にわたっている点にも注目です。

自身の経歴を築くためにコンクール出場を決意する展開も、本作ならではです。

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【図36】『Do Da Dancin’!』より引用

続編ではコンクールメインの話になりますが、学生がコンクールに出場するのとは訳が違います。
コンクール出場するにも、まずは「生活」ができなければいけません。
コンクールの練習の合間に、バレエ団の公演に出演し、食い扶持をしのいでいく様子はとても生々しかったです。

☑その他の見どころポイント

容子さんです!
三上、容子、ケン、鯛子の4人で公演を行った際、振付師ニキと鯛子のトラブルが基となり、全体がまとまらなくなります。しかし、容子の言葉がズバッと響きます。

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【図37】『Do Da Dancin’!』より引用

容子さんは、鯛子の職業ダンサーとしてのロールモデルになった人です。このシーンからも、容子さんのプロダンサーの覚悟が見られます。

2.『昴』 曽田正人

続編:『MOON-昴ソリチュードスタンディング-』

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【図38】『昴』より引用

掲載年/掲載誌:
(本編)2000~2002年/ビッグコミックスピリッツ
(続編)2007~2011年/ビッグコミックスピリッツ
巻数:
(本編)単行本全11巻
(続編)単行本全9巻(いずれも小学館)
主人公:宮本昴(9歳、15歳~18歳)
登場国:
(本編)日本、スイス、アメリカ
(続編)ドイツ、日本、ブルガリア

あらすじ
すばると和馬は双子の小学3年生。すばるの誕生日、クラスメイトの真奈たち3人が、すばるにプレゼントを持ってきた。
だが、彼女たちの本当の目当てはすばるではなく双子の弟・和馬。けれども和馬は入院していて状態が良くないため、すばるは会わせるのを渋る。
それでも強引に病室へ行った真奈たちが見たのは、脳腫瘍が原因で記憶障害を起こし、言葉すらほとんど解さなくなってしまった和馬の姿だった。
そんな和馬の意識をなんとか取り戻させたいすばるは、その日の出来事を躍りで伝えようと、毎日病室で懸命に舞い踊っていた
https://www.shogakukan.co.jp/books/09186001

『昴』は、初の青年誌で連載された長編バレエ漫画です。
曽田先生は、フランスのバレエダンサー、シルヴィ・ギエムのインタビューをきっかけに、本作の執筆を考えたそうです。

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【図39】フランスのバレエダンサー、シルヴィ・ギエムについて。
こちらは『テレプシコーラ/舞姫』より引用。

バレエの知識がなかった曽田先生は、執筆のために自らバレエを習いに行ったというエピソードもあります。
2002年に連載が中断され、5年後『MOON』へ改名し再開されました。合わせて6年の執筆となり、2009年には映画化もされた話題作です。

『昴』は、バレエ漫画史上最もアウトローなプリマです!
主人公・昴のデビュー公演はなんとキャバレー。コンクールで優勝、ロイヤル・バレエ学校へのスカラシップを得るも、それを蹴る。日本を飛び出しNYへ移ったが、就職先は超貧乏のボランティアバレエ団。そこで待ち受けていたのは、アメリカ刑務所慰問公演ツアー…!!
これまでのバレエ漫画の鉄則を崩せたのも、青年誌のフィールドならではの展開です。

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【図40】『昴』より引用

少女漫画のバレエ漫画と違う点は、昴のバレエの踊り方です。少女漫画の主人公は、自分なりの作品を解釈を見つけ、役になりきって踊ります。
しかし、昴は、「自身に課せられた宿命をどう乗り越えるか」を考えながら踊るのです。
例えば、ローザンヌ国際コンクール中に、昴は恩師日比野五十鈴の死を知り、40度の高熱を出します。
次々と降り注ぐ過酷な状況下で、昴は何を思い、何を踊るのか。
力強くスピード感のある絵で語られる昴のダンスストーリーは、とっても読み応えがありました!
(『MOON』は真逆で、パートナーのニコと一緒に、役に没頭しながら踊っているのが印象的です。)

☑その他の見どころポイント

世界的ダンサー、プリシラ・ロバーツのバレエシーン。

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【図41】『昴』より引用

『昴』では、アメリカに舞台が移ってから「月」が物語のキーになります。
続編で『MOON』に改名したのも、ここからかもしれません。

3.『テレプシコーラ/舞姫』 山岸凉子

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【図42】『テレプシコーラ/舞姫』第一部より引用

掲載年/掲載誌:
(第一部)2000~2006年/ダ・ヴィンチ
(第二部)2007~2010年/ダ・ヴィンチ
巻数:
(第一部)単行本全10巻
(第二部)単行本全5巻(いずれもメディアワークス)
主人公:篠原六花(小学5年生~中学2年生、高校1年生)
登場国:
(第一部)日本
(第二部)日本、スイス

あらすじ
篠原六花は小学五年生。
バレエ教室を開く母のもと、姉の千花とともにバレエを習ってきた。
そんなある日、六花のクラスに不思議な転校生がやってきた。
その転校生もまた、バレエを習っているようだったが…。
バレエに魅せられた者たちの運命が、今、ゆるやかに交差し、回り始める。
山岸凉子、待望の長編バレエ漫画、大反響第1巻!
(第一部単行本1巻あらすじより)

『テレプシコーラ/舞姫』は、初の文芸誌で連載されたバレエ漫画です。
小説、漫画、ライトノベルの書籍情報を取り扱うダ・ヴィンチで9年間連載されていました。

山岸先生は、1989年ローザンヌ国際コンクールで熊川哲也を知ったのをきっかけに、本作の執筆を考えたそうです(c.f. 1980年代編)。
熊川の演技を見て、「今のバレエを描きたい」と思い、10年の構想を経て連載へと繋がりました

山岸先生は本作で、バレエ漫画に2度目の新風を巻き起こしました
特に、以下の2点において新しいと思います。

1点目は、バレエの「陰」の部分を描いたこと。
60年代のバレエ漫画は、主人公がライバルから靴を汚されたり…などのいじめに遭うシーンがあります。
実際のバレエ界では、このいじめがさらに酷くなったものが起きています。
2013年、ボリショイ劇場の芸術監督のセルゲイ・フィーリンが、同団員の犯行により顔に硫酸をかけられた事件がありました(山岸先生もこの事件に関心を持っておられました)。
バレエは非常に厳しく、時に人の心を蝕んでしまうほど過酷な競争が繰り広げられる世界なのです。

作中では、六花、千花、空美の3人のバレリーナの陰を巡って物語が展開されます。
六花は、観察力に長けているが、股関節のソケットが深く脚が180度開脚しない。
姉の千花は、バレエの才能に恵まれているが、医師に恵まれず怪我が完治せず。
転校生の空美は、バレエに向いた体型と才能を持っているが、家庭にとてつもなく恵まれていない。
彼女たちの苦悩は、いずれも努力ではどうにもならないことです。

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【図43】『テレプシコーラ/舞姫』第一部より引用

3人の「陰」と「陽」が交わり合い、第一部のラストでは、前代未聞の衝撃的な展開を迎えます…!!

2点目は、コンテンポラリーの振付に着目した点。
コンテンポラリーとは、クラシックバレエと異なり、型がなく、自分の内面をさらけ出す踊りです。重要なのが、その自分自身を表現する「振付」です。
六花のキャラクターには、「クラシックだけでなく、コンテンポラリーも踊れるダンサーが求められている」という、バレエ界の現状が反映されています。
六花は、第一部でコリオグラファー(振付師)の才能が開花し、第二部ではそれを強みにローザンヌ国際コンクールへ望みます。

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【図44】『テレプシコーラ/舞姫』第一部より引用

これまでのバレエ漫画は、主人公はクラシックバレエで成功を収めてから、モダンバレエを習得します。
(コンテンポラリーとモダンバレエは、似て非なるものですが…汗)
一方、『テレプシコーラ/舞姫』以降のバレエ漫画では、コンクール出場前からコンテンポラリーを踊るようになる点も注目です

☑その他の見どころポイント

ハラハラドキドキの本番!

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【図45】『テレプシコーラ/舞姫』第一部より引用

【図45】は、発表会の本番で、六花が上手と下手を間違えるシーンです。
【図45】以外でも、コンクールなどの大事な場面で、想定外のハプニングが次々と起こります
描かれているハプニングも、「実際にありそうだな~」と想像できるものばかりなのが、作品のリアルさを増しています。

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