行き着く場所が見えてなくても(4)


かといって、高卒で仮にさくらに勤められたとしても恭子ちゃんの家のような暮らしは手に入らなさそうだ


大学に行けないとなれば別に勉強もする必要がない

成績は落ち、彼女にも愛想を尽かされ、別れることになった


私と彼女は文化祭の前に部活をやめた

恭子ちゃんと後輩たちには大変迷惑をかけたが致し方あるまい


成績はとことん落ちた

赤点を取る科目もあり、優等生で通っていた私はもうどこにもいなくなった


私を気に掛けていた社会の教員がいたのだが、成績の良かった1年生の時期は職員室に行くたびに何かと話しかけてくれていたが、成績が落ちた途端に見向きもされなくなった


常々教員はバカだと思っていたがここで確信に変わった


恭子ちゃんは私を心配したのか、よかったら家に来ないかと言ってきた


恭子ちゃんが指定した待ち合わせ場所は、駅前の自転車預かり所を兼ねた、なんでも屋だった


別の用を済ませて約束の時間より3分ぐらい遅れて預かり所についた


この自転車預り所には、いくつかのアーケードゲームの筐体が置いてあった

インベーダーゲームの大ブームから3年ほど経っていた

インベーダー、ギャラクシー、ギャラガ、パックマンなどのゲーム機の横に、ピンボールマシンが2台置いてあった


恭子ちゃんはそのうちの1台をプレイしていた


アーケードゲームはその頃50円プレイが主流だった

そんな中ピンボールは300円だった


遅れてごめん、と言う私に、今プレイ始めたばかりだからちょっと待っててもらってもいい? とフラップボタンをバタバタ操作しながら恭子ちゃんは言った


多分、上手かったのだろうと思う


少し傾いた筐体の中を大きな金属のボールがバタバタとガチャンガチャンとカンカンとバシュンバシュンと目まぐるしく動くのを、ガキの頃のように眺めていた


どうやらリプレイできるまでの点数を積み上げたらしく、


やってみる?


と交代した


フラップボタンは、恭子ちゃんの体温でほんのり暖かく、妙に生々しい温度に鼓動が早くなった


ピンボールなんてプレイ料金も高いし高得点を取ったところで菓子と交換できるわけでもないしなんでこんなものにカネを使うんだろう、と当時は思っていた


その割には私も割とうまくボールを跳ね返し続け、恭子ちゃんの得点には遠く及ばなかったがそれなりの点数を上げることができた


けっこうやるじゃん、普段からやってるの?と聞かれたが、おカネ持ってないのでほとんど経験がない、と不要な情報を付けて答え、直後に後悔した


しかしその時の、正直な心情だったのも事実だ


自分の娯楽、時間を使う対象に対して300円もの見返りのないカネを平気で注ぎ込める、しかもどうやら今回だけではなく割と日常の中にそういう局面がある、という恭子ちゃんの「普段」を見て、自分とは生きている世界が違う人たちなんだ、この人たちは下手をすれば開始早々ボールをロストしてしまって数秒でプレイが終わるかもしれないピンボールにカネを出しても痛くもなんともない人なんだ、と、正確に言えば妬みの感情が起きていた


駅前の寂しいメインストリートを社宅に向かって二人で歩いた


久しぶりに訪ねた恭子ちゃんの部屋はやっぱりいい香りがした

が、前に比べてなんだかものが少なくなっているような感じがした

よく見たら恭子ちゃんの沢山の本が本棚ごとなくなっていた

本棚どうしたの? と不躾に聞くわけにもいかず、恭子ちゃんからの、最近元気がないけどどうしたの? という問いに答えた


別れた話、金銭的な理由で大学には行けなさそうな話、今後どう生きていけばいいのか全く先行きがわからなくなった話、とにかくいま手元に持っている不安材料を全部恭子ちゃんに話した


恭子ちゃんは私の隣に座り直し、体重をかけてきた


そのままキスをし、ベッドの上にもつれ込んだ

彼女とはできなかったセックスを、恭子ちゃんにさせてもらった


恭子ちゃんは、私と違い、多分、初めてではなかった

なんだか、何もかも大人だな、と、大いなる負けを意識した


初体験の後、互いに全裸でベッドの中でハグをしていた

恭子ちゃんの体温と少しの甘い体臭とサラサラのストレートヘアから漂うリンスの香りとまだ硬直したままの違和感のある部分と、そういうものが一度に頭の中に押し寄せてきていてテンションは上がっているのだが態度は落ち着いていた、と自分では思う


彼女との付き合いは長かったが、セックスはまだ早いとお互いに思っていた

体に触ることはあっても、性器周辺には手を伸ばせなかった


しかし恭子ちゃんは、彼でもない、多分傍から見たらただの同級生である私と簡単に、避妊具を要求することもなくセックスをした


何もかも負けている

私がぼんやりと田舎者に合わせたバカな暮らしをしている間に、ここまで自身の地位を高く持っていける人が実在したんだという、圧倒的な負け感を感じて意味もなく誰かを殴りたくなっていた


恭子ちゃんが口をひらいた


いろいろなつまんないことって、大人はすぐに努力と根性次第でどうにだって動かせるって言ったりするじゃん?

それって嘘っぱちだと思うんだよね

私はたまたま親が金持ちで、みんなの倍以上のお小遣いもらって、都会で色々と経験して今ここにいて

こういう言い方したら不遜かもだけど、こんな田舎の高校出たところでなんだってできないでしょ

だから福岡の予備校に通ってるんだよね


結局さあ、そういう環境を親が作ってくれるかどうかで全部決まっちゃうじゃない


キミだってとてもIQ高いわけでしょ

でもそんな高いIQ持ってても、こんな田舎のしょうもない普通科だけの高校でその高いIQを十分活かした教育とか望みようもないわけじゃん


私もIQ高いんだよ

で、その高IQだと、ここでの教育なんてレベル低すぎてどうしようもないんだよね、多分ね


ま、私達は親におカネとご飯を握られちゃってるから簡単に反旗を翻すわけにもいかないだろうけど、家を出るなら早いほうがいいかなって思う


キミにはこの町はふさわしくないよ



恭子ちゃんともう一度セックスをして、帰宅した

(続く)


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