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【SNS】自分が普段目にするものを整理整頓する【理想の世界】

おはようございます。音楽家の河野一之です。

フォロワー

音楽家のような職業をしていると人目に触れる職業なためFacebookやTwitterへのフレンド申請をいただきます。一番顕著だったのはCory Bandに入団したときは世界中から申請が来たのを覚えています。

Facebookなんか特にそうですが、フレンド申請をしていただきこちらの記事を見てもらう分には良いのですが相手の投稿も僕自身のタイムラインに上がってきます。

ましてTwitterや今では17LIVEもそうですが、フォロワーの数=知名度とお考えの方にとっては友達申請をすることにより相互フォローを目的とし、ご自分のフォロワー数を増やすことが目的もなっている方もいるのでこのようなことが起きます。

一度実験的にそういうものなのかと思い自分自身も相互フォローを求めはしないけど、こちらの事をフォローしてくださった方々を片っぱしからフォローし返してみました。するとやはりこちらのフォローも相乗効果か上がってきました。勉強になります。

しかし、それと比例して自分のタイムラインに自分があまり興味のない投稿が増えるようになります。当たり前の話です、「フォロワーを増やす=フォローした人たちが投稿する記事がたくさんタイムラインに溢れる」ですし、そのフォローした人たちが自分が興味があってフォローしたのであれば興味がある投稿ばかりがタイムラインに上がるでしょうが、このフォローの動機は自分のことをフォローしてくれたからという理由です。

1、自分の興味のない内容がタイムラインに流れる
2、本当に興味を感じる投稿や記事を見逃す

こういうことが起きます。なので僕はある時から自分がフォローする人を限定するようにしました。条件はたった一つで「自分が見たときに楽しい投稿や興味のある投稿をする人」です。

それに当てはまらない、または相反する内容を投稿される方はフォローを外すか投稿が出ないようにします。

各種SNS, Youtubeなど様々な”フォローができるウェブサイトで徹底したところ自分自身のフォロワーも減りましたが、何より自分のSNSにおけるタイムラインに本当に楽しい、知りたい、見ていてワクワクするような投稿ばかりになったのです。

これはまさしく、僕が初めてSNSを初めたmixiや初期型Facebookのような感じです。

自分自身のフォロワーも減ったのも面白かったのです。なぜならこれで本当に「僕がフォローしてたからフォローし返してくれていただけなんだ」と理解しました。つまり僕がどんな人物でどんな投稿をするのかには興味がない人たちがたくさんいたのです。

人気者になるために自分を変えるということは僕はしません。僕が僕らしヘラヘラ楽しく生きていたり、SNSで言えば発信をしていて、それを楽しい!興味がある!と思われ得る方がフォローしてくだされば言いわけです。

なので思い切って実験をしてみて良かったのです。

SNSでフォローする=友達ではないし、フォローしない=絶交ではない

SNSは有効に使えばとても良いツールです。どれだけ距離的に離れていても、時差があってもいつでも相手と連絡が取れますし、自分の興味関心のあることを呟やき続ければ仲間が増えます。

僕もSNS由来の友達はたくさんいますし、そこから実際にお会いして一般的な友人と言える仲になる人もいます。

でもSNSが身近になり過ぎてコミュニケーションの取り方、主に人との距離の詰めかた(言葉使いや態度などのコミュニケーションの基礎)を見誤り、フォロー=長年の友人のような態度で接してこられたり、逆に上記に書いたような理由でフォローを外した=もう友人ではないと思い違いをされる方もいます。

本質は

SNSがコミュニケーションにおけるその人の本質を表すなんていいますが、果たしてそうでしょうか?その人の本質なんていうものはこちら側の受け取り方によって変わってきます。つまり主観はどこなのかという話です。

納豆はもともと納豆です。納豆が自分のことをSNSで投稿してもそれを好きな人と嫌いな人がいるのと変わりません。

つまり実際に会ったときにどのようなコミュニケーションになるのかが大事で、SNSでどれだけ仲良くしていても実際に会ったときに態度が変わるのも良くないと思いますし、SNSでフォローをしていなくてもそれは「そのSNS(例えばTwitter)でのその人の投稿に興味がない」だけで実際に会って話をしたり何かを一緒にしたりするのは楽しく思う人という方が実際は多いのです。

恐らくこれはリアルな現実に重きを置くか、ヴァーチャルのSNSでの関係性に重きを置くかの違いだと思いますのでどちらが良い、悪いの話ではなさそうです。

僕はリアルがいつでも大事だと思っています。

まとめ

SNSで繰り広げられるフォロワー数、バズりというものがこの世界でたびたび起きている使い捨ての流行り廃れの縮図を表しているようで何だか気持ちが悪いのです。

良いものは残るし、そうでないものは消えていく

人間関係でさえ、使い捨てのようになるのが嫌で、なのでそういう意味で僕はSNSでの関係性はどちらかといえば少し軽視しています。これは特に誹謗中傷を受けた際にとりわけ軽視をするようにしています。「そのお言葉、僕と対面して目の前で仰ることはできるのでしょうか?」と言った具合です。

話が少しそれましたが、フォロワーをが増えると嬉しくないわけがありません、でもそれが果たして自分を好きになってもらって興味を持ってもらって増えたのか、はたまた見返り目当ての捨て身の申請なのか、僕は疑問に思ってしまいます。

今日は少し愚痴っぽくなってしまいましたが違和感を感じていることでした。

Thank you

Kazz


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