クラスの前の席の子が自殺した話

「あなたってN看護学校だよね?病院でアルバイトしてたN看護学校の子が飛び降り自殺したらしいんだけど、知ってる?」

おばさんから突然話を振られた。

私とおばさんは違う看護学校の同級生だ。おばさんが通う看護学校は病院系列の学校で、その病院で働く看護学生の自殺ということで、学校中その噂話が絶えないらしい。

年齢を聞いて思い当たる人が1人いた。

「それもしかしてMって人じゃない?」

「個人情報だから名前はわからないんだけど、とにかくあなたと同じ学校の人が飛び降りたらしいよ」

面白い人だった。人生で1番楽しかったのは3歳の時だとよく言っていた。

「自殺したんだ」

本当にその人なのかなと思ったが、すぐにたしかめる術はなかった。

この時期の私たちは看護実習の時期で、80人いる生徒は8人ずつそれぞれグループに分けられて約半年以上その8人で実習を行う。数週間おきに実習先がローテーションで変わっていき、時折各グループが集められ、学びや気づきを共有する。実習中は他のグループとの日常的なやりとりはほぼない。

その人と私は別のグループだったが、実習中に不登校になったとは聞いていた。


自殺した彼女が不登校になる数ヶ月前。ほかのグループの人からみんなでご飯を食べに行こうと誘われた。

coco壱のカレーの一番辛いものを頼んで4人でわけて食べた。

「看護師やめようかなと思ってる」

どんな話の流れだったかは覚えていない。

久しぶりに会った彼女はそういった。

実習が辛い。きつい。そういった内容だったとは思うが、あまり覚えていない。ただ、よくある内容に聞こえた。

私は彼女の言葉を否定した。

「看護師って病院で働くのがすべてじゃないから、とりあえず今頑張って、病院とおさらばしちゃえばいいじゃん!きついのは病院勤務だけで、学校の遠足付き添いの看護師とか、福祉施設の看護師って楽そうじゃない?今やめたら勿体無いよ!」

そんな風にはげました気がする。今だけ、無理してでも頑張って、後で楽なほうに逃げちゃえばいい。今逃げるのも後で逃げるのも、逃げるのは一緒だけど、そのあとの楽さがぜんぜん違う。そういうことを言った気がする。

「ごめん私帰るわ」

彼女は気を悪くして、帰ろうとしたのを覚えている。説教に聞こえたのかもしれない。私を誘った女の子があたふたしていたのを覚えている。

あとから、その場は、ただみんなでご飯をたべる場ではなく、彼女の悩み相談の場だったということを聞いた。

その数ヵ月後、彼女は自殺した。


私は比較的彼女と遊んでいたほうで、一緒に公園で肝試しをしたり、放課後残って黒板で落書きしながら写真をとりあうような仲だった。

だから彼女の悩み相談の場にも呼ばれたんだと思う。


飛び降り自殺をした人が彼女だと明確に分かったのは、卒業式のあとの3次会の場だった。

あのとき私を食事に誘った女の子が泣きながらみんなに打ち明けた。私がおばさんから噂話を聞いたとき、その子は彼女が自殺したことを知っていたらしい。あの時食事に行ったもう1人も知っていた。私は知らなかった。


最近、有名人がよく自殺する。

SNSなどでは「周りの人に相談すればよかったのに」とか「なんで気づいてあげられなかったんだろう」などのコメントをよくみる。

彼女は相談していたし、私を食事に誘った子は彼女のことを気遣って行動していた。

でも、彼女は自殺した。


私は、私が食事の場で彼女に言った言葉が間違っていたとは思わない。

でも、彼女は気分を害した。

言い方がひどかったのかもしれない。真相はもうわからない。


私を食事に誘った子は、私をあの場所に連れていかなければよかったと思っているかもしれない。でももうそんなことは忘れているかもしれない。


死んだ人は喋らない。

記憶はフォーカスを当てなければ忘れていくものだ。


親戚以外でごく身近な人が亡くなったのは彼女がはじめてかもしれない。

とにかく私はなぜか彼女のことを時々思い出す。


変な踊りをしてみんなで笑ったり、ガラガラとすべるローラーの長い滑り台をみんなですべったり、楽しい思い出ばかりだ。本人も、周りの人も笑いがたえない人だった。


彼女が自殺する1年くらい前、彼女が彼氏と別れたのを聞いた。

彼氏とは長い付き合いで、いつも着ている洋服は彼氏のものを勝手に着ているのだと教えてもらったことがある。「最近私にあこがれて看護学校に入った。周りが女だから浮気しないか心配」など相談されたこともある。

クラスの数人と彼女と彼女の彼氏とでお酒をのんだこともあるがあまり覚えていない。

きっと、自殺しようと決めた一番大きな原因は別れたことなんじゃないかと思う。別れたら生きていけないとも言っていた。

あの元彼氏は、自殺してしまった彼女のことをどう思っていたのだろうか。

私には知る由もない。



自殺をする人はたくさんいる。

今に始まったことではないし、今後自殺する人が減っていくとも思えない。

顔がよくても、どんなに笑っていても、死ぬ人は死ぬのだ。



私は彼女の自殺をとめられる立場にあったのだろうか。

どう動いていれば彼女の自殺はおきなかったのだろうか。


そういえば私は、彼女に使わない天体望遠鏡を1000円で売ったことがある。私は星を眺めるのが好きで、フリーマーケットで売っていたのを買ったはいいものの、全然使わないからどうしようと話していたら、彼女が1000円で買うよというので譲ったのだ。

彼女が不登校になったと聞いたとき、一緒に星をみにいこうよと誘ったが忙しいからと断られたのを思い出した。

食事の前だったか、後だったかは思い出せない。

彼女はあの天体望遠鏡を使ったのだろうか。

私はなぜか彼女のことを時々思い出す。


私は彼女の自殺をとめられる立場にあったのだろうか。

どう動いていれば彼女の自殺はおきなかったのだろうか。


思い出すたび考えるが、きっと私は彼女の自殺を止められる立場ではなかったんだろうと思う。


彼女が自殺するとは思わなかった。

今の私が過去に戻れば、きっと彼女の自殺を止めることが出来ると思う。

私はしつこいので、彼女が死ぬという結末を知っているのなら、何回でも食事に誘うし、何回でも遊びに誘うと思う。


でも、現実は、過去になんてもどれない。

振られたら死んじゃうって笑いながらいっている人が本当に死ぬなんて思わないし、

1皿のカレーを4人で食べてげらげら笑っている人が、数ヵ月後に自殺するかもなんて思いもしない。

でも彼女は自殺した。


自殺してしまう人間をとめるにはどうしたらいいのだろうか。


私は時々、なぜか彼女のことを思い出す。


         

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