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【短編読切:文字の風景⑯】飛行機

まるで、生クリームを塗り固めたような風景。

窓の外には、眩しい青空の下に一面の雲が敷き詰められている。あと30分ほどで目的地の福岡に到着する予定なのでおそらく岡山上空あたりだが、様子を伺い知ることはできない。果てしない雲平線は、パティシエのナイフの跡のようにところどころ波をたてながら、終わりなく続いている。

出発時、羽田空港は打ち付けるほどの雨が降っていた。無事飛べるのかと心配にすらなったが、雲の上にくれば空はけろっとしたものである。

今日、無事に乗れた事に改めて安堵する。それは天気のせいだけではない。家でひどい喧嘩をしてきたからだ。共に暮らし始めて2年になる恋人とは、いつも些細な喧嘩が絶えない。それでもそばにいることを選び続けてきたが、今朝はお互い譲れないところまでギリギリなのを、飛び交う怒号から感じてしまった。どうしてここまでして一緒にいる必要があるんだろう?パートナーの顔を見つめながら、ふとそんな想いが湧き上がった。

家を出てからも電車の遅延や手荷物検査の不手際などトラブルが続いた。
くさくさした心を、迫るフライト時間がなおさら煽り立てていた。

でも、何とか今こうして雲の上にいる。今いる世界は、なんて穏やかでのほほんとしているのだろう。上から見ているだけでは、裏側で稲光と豪雨を撒き散らしているとは到底思えない。特別な日にウキウキして買って帰るケーキのような、ご機嫌な顔を見せる。

人生晴れの日もあれば雨の日もある。そんな言い回しをよく聞くけれど、この風景を見ていると、晴れも雨も変わるがわる来るものではないのかもしれない。私たちは飛行機に乗って、その日を雨にするか、雲を突き抜けて晴天に変えるか、選べる力を持っているのだ。

ーーみなさま、本日はご乗車ありがとうございますーー

機内アナウンスが流れ、機体が着陸態勢に入ることが告げられた。窓の外を覗くと、雲の合間から九州大陸が覗き返してきた。

現地の天気は曇り。気温は23度ですーー

さっきまでの晴れ模様とはいかないが、なかなかすごし良さそうだ。きっと母ものんびりと私たちを待っていることだろう。

窓の外の景色を見せようと、私は目を腫らして隣で眠る男の肩を優しく叩いた。

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