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【読切短編:文字の風景⑥】江の島

大橋を渡り終えると、江の島は闇に包まれていた。

昼間の喧騒は落ち着き、いくつかの店は戸締りを始めている。しかし、江の島弁財天へ向かう参道はまだぼんやりと灯がともっていた。

歴史を感じさせる木造建築と、海に囲まれた島らしさのある郷土品・名産品店が立ち並ぶこの通りは、ずっと昔から変わらないであろう独特の活気をまとっている。

江の島は山だ。一番そう感じるのは、勾配の付いた坂道を登る時である。山は、昔から人と人ならざる者を線引く境界線だ。私たちは賑やかな商店街と参道に見送られ、まだ見ぬ森の奥へと知らず知らずに歩を進める。潮風でふやけた夜の空気が織りなす、ぼんやりとした青と黄色のコントラスト、そしてその外に広がる、面妖な闇。

す、と光が途切れ、目の前に暗闇が横たわる。

面食らって立ち止まる。商店街が終わり、本殿へ向かうための大きな階段の前まで来ている。ここから先は驚くほど灯が少ない。さっきまで外側に居ると思っていた闇が、目と鼻の先に迫っている。

人の世が切れたのだ。さっきまでの喧騒は途切れ、山の葉がこすれる音と、遠かったさざ波の音が大きくなる。

江の島弁財天は、日本三大弁天に数えられる名所である。しかし、もともとは3姉妹の神が祀られていたので、山全体に3つの宮を構えている。行けるところまで行ってみようと、暗闇の中階段を上りだすが、数段のぼったところで足がすくむ。

山の奥から、刺すような視線を感じた。

見上げた瞬間、肌が粟立った。遠くからでも見上げるような巨大な石窟仏が、私を見下ろしていた。

いわゆる、弁財天と童子像だ。日の光のもとで見れば、迫力は感じこそすれ恐怖は無いだろう。むしろ、昼間は多くの人が拝む、穏やかな表情をしている。しかし今は、岩のくぼみで落とされた影が弁財天の表情を黒く染める。無機質な岩の質感と、人の形をしたアンバランスさが妙に生々しく感じる。そこには、私に対する拒絶が漂っていた。

あの時私を見ていたのは、弁財天の石仏だろうか。
それともあの山に暮らす3姉妹だったのだろうか。

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