「ロマンを語ろう、舞台に立とう!」のはじまり
「全国第一号地ビール」に恩返しをしたい
ビジネスで自己紹介しろと言われれば、飲食店限定ビール「ガージェリー」を展開する株式会社ビアスタイル21の代表ということなのだが、それと共に2018年春からエチゴビール株式会社でマーケティング責任者の役割を担っている。正確に言えば、株式会社ビアスタイル21がエチゴビール株式会社のマーケティング業務を受託し、半身だけ出向したような形でエチゴビールのマーケティング室長というポジションに就いている。
株式会社ビアスタイル21は2002年に大手ビール、キリンビール株式会社の社内ベンチャーとしてスタートしたが、当初からビール造りについては小規模醸造所に委託するというビジネスモデルを肝としており、製造委託先として最初の交渉相手であり、今の今までガージェリーにつきあってくれているのが、エチゴビールなのだ。ビアスタイル21設立時からの長く深い関係であり、今や一蓮托生と言える。
2010年代にクラフトビールブームが起こり、ひと山超えて、ここから各社の真価が問われてくるというタイミングで、是非エチゴビールのお手伝いをしたかった。なんと言っても1995年に営業を開始した「全国第一号地ビール」であり、クラフトビールの会社としては最大手にあたるが大手ビールの規模に比べれば極小規模であることに変わりない。マーケッターの自分としては、とても興味深い立ち位置にあるビジネスでありブランドだと思えた。そして長らくお世話になってきた恩返しを今こそすべきという気持ちが強かった。エチゴビールが抱えていると思われるマーケティング上の課題を洗い出し、「リ・ブランディング」プランを練り上げて関係者にプレゼンした。それが認められて、このアレンジとなったわけだ。
はじまりの言葉を探す
2018年5月から「エチゴビール株式会社 マーケティング室長」の名刺を持ち、まず最初の大仕事だと思っていたのは、「エチゴビール」というブランドのアイデンティティを確立すること。「新潟の地ビール」ということだけでなく、「エチゴビール」にしかないもの。「ビールの多様性を…ビール文化を…」というような、クラフトビールの会社なら、どこでも言っていそうなことではない。大事なのは、お客様が「自分事」にできる価値だ。それを見つけなければいけない。
そのために絶対知っておく必要があると思ったのが創業のストーリーだった。全国で最初に地ビールの営業を始めるに至った経緯、その想いを知りたかった。創業者の上原誠一郎さんは20年ほど前に退かれているが、なぜ、エチゴビールがこの世に存在するのか、当時の話を聞くことが全ての起点だった。新潟へ行き、芸術家として今もご活躍中の上原さんのお宅にお邪魔した。当時69歳の上原さんはあたたかく迎えてくれ、お話を聞かせてくださった。
エチゴビールの創業者、上原誠一郎さんは芸術家だ。このビジネスから離れた後もずっと芸術家としての活動を続けていらっしゃる。70年代後半から80年代にかけて日本を離れイタリアを拠点に舞踊を学び、演劇や映画に出演する日々を送る中でドイツ人女性と出逢った。そして彼女の故郷でドイツの豊かなビール文化を体験した。それがエチゴビールの起点。その話をご本人からお聞きし、また著作を読んで、想像を巡らせた。
この「エチゴビール」というブランドがお客様に伝えるべきメッセージはどのようなものだろう?クラフトビールと言えば容易に頭に浮かぶ、個性的で美味しいビールを!というような、どこの造り手も言っているようなことではなく、オリジナリティがあり、全国第一号に相応しい言葉、それは案外すんなりと出てきた。
「Let’s be romantic, act on stage!」
「ロマンを語ろう!舞台に立とう!」
創業者は当時の著作で「地ビールはlocal romanticismだ。」という言葉を使っていらした。その正確な意味はさておき、ロマンという言葉に強く惹かれた。また欧州で演劇活動をする中で、ドイツ人女性と恋に落ちた、という話は、誰もがロマンティックに感じるだろう。また、新しい事業を起こすというのは、ロマンを持って始めるものだと思うし、今の自分を含め、みんなが豊かな人生を送るために必要なことだと思った。
そして「舞台」。言わずもがな役者は舞台に立つ。ビール会社の僕らは、ビール市場という舞台の上で踊る役者であり、飲み手もそれぞれの人生という舞台で立ち回る役者だというイメージが浮かんだ。舞台に立つということは勇気が要ることだが、それによって大きな充実感を得ることもできる。生き生きと人生を送ることは舞台に立つ勇気を持つことから始まる。真っ先にクラフトビールという舞台に立ったエチゴビールが、飲み手に伝えるメッセージは「舞台に立とう!」がぴったりくる。そう考えたのだ。
こうしてブランドメッセージは決まった。これをどうやってお客様に伝えるか、どうやって商品に乗せていくかだ。
変えること、変えないこと
それは、当初から設定している重要な課題をクリアすることと一体で進めなければいけない。ブランドのシンボルとロゴのデザインの問題だ。
次の写真は2020年初めまでの主力缶ビールのデザイン。それぞれ裏表のデザインが異なり、例えばレッドエールの裏面には鶴のイラストが、スタウトの裏面にはサックス奏者のイラストが描かれていた。
ブランドシンボルであるヤギマーク、カタカナ表記の「エチゴビール」ロゴ、アルファベット表記の「Echigo」ロゴの使われ方も、商品毎に少しずつ異なり、一貫性に欠けている感じがした。それぞれの商品の発売に関わった人の感性で、少しずつアレンジが施された結果だ。
ただし、全体的に纏っているレトロ感は悪くないと思ったし、ヤギのイラストはとても魅力的だ。何と言っても、このイラストは、創業者の奥様であるドイツ人女性によって描かれたものだ。エレガントで自信を感じさせる表情とポーズは、まさにロマンを語りながらビールを楽しんでいるように見える。
だから、このイラストを今まで以上にブランドシンボルとして真ん中に据えるのが良いと思った。そして、誰がどの商品を見ても「エチゴビールだ!」と思ってもらえる統一感をもたせる。また一方で、エチゴビールが全然変わってしまった、と思われるのではなく、これまでの良い部分を残したい。デザイン的には若干のレトロ感があるのが良いだろう。それが、個々に手を付けていく新しいデザインの方針だ。
商品に手を入れる前に、まずはホームページやSNSアカウント上で、ブランドデザインを入れ替え、創業者の上原さんに当時の写真を使用するお許しをいただき、ブランドメッセージにつながる創業の物語を掲載した。会社説明の文章は「Let' be romantic, act on stage!」を前面に出すようにした。
これを先にやったのは、主力商品群のデザインを変えるには、商売上の様々な制約条件をクリアする必要があり、リスクもある、という事と共に、まずはブランドメッセージを自社内、関係者、エチゴビールファンに浸透させる時間があった方が良いと思ったからだ。いきなり、何もかも変えて違和感を覚えられるようなことは避けたい。まずは大事な「こころ」から少しずつ変わり、外見が変わる準備をするのが良い。
それは、2018年の後半から2019年を通しての1年半に渡り、その間に商品のデザインに手を入れる作業を慎重に進めていた。
既存商品のデザインの良いところは、程よいレトロ感。「全国第一号地ビール」という冠とマッチしている。これを失わないようにしながら洗練させる。ヤギマークのエレガントかつ自信を感じさせる微笑みをさらに魅力的に見せ、やや散漫になっていたブランドイメージを収斂させたい。その上で、ブランドメッセージを体現した要素を盛り込み、売場で商品を目にしたお客様に「伝える」。
一目惚れされたい役者たち
エチゴビールは、数百あるクラフトビール・地ビールの造り手としては最大手で、主力商品は缶ビール。主な売場はコンビニエンスストアやスーパーマーケットだ。そこには、色とりどりの缶ビールが並んでいる。大手ビールメーカーの商品はもちろん、最近のクラフトビールの容器デザインはオシャレでカラフルなものが多い。その中で目を止め手に取ってもらう、ということが最初の大きなハードルだ。もちろん、SNSなどで情報発信することでエチゴビールを目当てに売場に足を運んでもらえるようになればこれに越したことはない。ただ、大手メーカーのようにどこのお店にも置いてもらうだけの製造能力はなく営業力も広告予算も限られている以上、現場で出会ったお客様に訴えることが極めて重要だ。
だから、一目惚れしてもらえるデザインにしたい。
まずは、ヤギマークを魅力的に見せ、ブランドとしての一体感を生む。
当初はこれだけでも十分良いような気もしたのだが、前述の売場での訴求力が少し足りない。社内で議論を重ねた結果、既存商品のスタウト缶にサックス奏者、レッドエールには鶴のイラストを配しているように、缶の裏面にビールのイメージを伝えるビジュアルを入れようと考えた。そしてそれはブランドメッセージを強力に伝えるものにしたい。いろいろ案が出て、デザイナー、イラストレーターの方に何度も描き直しをお願いし、最後に行き着いたのが、裏面のこのデザインだった。
中味のビールをイメージさせる、舞台に立って活躍する人々。
これらの缶が今年2020年の初めから店頭に並び始め、お客様の反応は極めて嬉しいものだった。ツイッターやインスタグラムでもエチゴビールの投稿が桁違いに増えた。
そこにあの、感染症禍・・・
世の中の舞台に立つ人々の多くは、活躍の場を失うことになった。そんな中で、このデザイン、ブランドメッセージは「あきらめないで、舞台に立つ志を持ち続けよう」という、より強い意味を持つこととなった。今は厳しくても、夢とロマンを持ち続けて舞台を目指そう。舞台というのは、単に役者やミュージシャンにとっての劇場やコンサートホールのことを言っているのではない。誰もが生きている人生というステージのことだ。
エチゴビールは、一人ひとりの心に寄り添って、前を向く志を後押しする。そうありたいと願っている。
ロマンを語ろう、舞台に立とう!
ところで….
ここまでに登場したビールは、エチゴビールの中でも古株の定番商品群。もしかすると、これらの指揮者、踊り子、ジャズシンガー、サックス奏者よりも、エチゴビールと言えば、龍や虎、白熊やインド象といった動物のイラストの缶の方が思い浮かび、馴染みがあるという人の方が多いかもしれない。
「のんびりふんわり白ビール」と「FLYING IPA」。この2つがエチゴビールの定番商品の中では1番・2番の売れっ子だ。
そして、インド象の限定醸造IPAシリーズ。
白熊の限定醸造シリーズは、小麦麦芽もしくは小麦を使ったビール。
2018年に発売した限定醸造ビール「ALWAYS A WHITE」の好評で勢いがつき、2019年からは3ヶ月毎、つまり年に4回、限定醸造ビールを上梓して、元気でクリエイティブなエチゴビールをアピールしている。動物好きな人は多いから、こういうデザインにすると店頭で手に取ってもらえる可能性は間違いなく高まるのだが、これらの動物シリーズも、単なる人気取りではなくて、エチゴビールのブランドメッセージ「Let's be romantic, act on stage!」を起点にして、飲み手の心に寄り添ったコンセプトづくりを心がけている。ただ可愛い、インパクトがある、ということではなく、難しくなくビールの味わいが伝わり、何より気持ちが伝わるデザイン。
例えば、明るく前を向いていこうとする気持ち、旅立つ勇気を後押ししたい。エチゴビールを手に取ることで、飲み手がイマジネーションを刺激され、自分に重ね合わせる。そういうビールであって欲しい。そう、動物たちも同じ舞台に立つ役者なのだ。
ロマンを語ろう、舞台に立とう!
これが2018年から5年かけて自分がやってきたこと。当初目指した「リ・ブランディング」の大仕事はひと通りできたのではないかと思っている。ただし、もっと大事で難しいことがある。このブランドが継続的に発展していく軌道に乗せること、このブランドを未来に向けて発展させていく人たちに繋げることだ。
1995年2月16日に営業を開始した「全国第一号地ビール」「全国第一号クラフトビール」の30周年も見えてきた。舞台をもっと広げて、役者を増やしていく、つなげていく。それが、ここからの5年だろう。
<2024年2月10日更新>
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