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16冊目『遠まわりする雛』/米澤穂信

 高校生活での忘れられない思い出は、学校行事のそれだけに止まらない。勿論、最も色濃く残っているのは文化祭だったり修学旅行だったり、あとは部活の思い出だったりするのだろう。
 けれど、何気ない日常の一コマにも、忘れられない(或いは忘れられそうにない)出来事ってのは結構あるものです。

 本書『遠まわりする雛』は、文化祭三部作──『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』──では描かれなかった、奉太郎たち古典部員による高校生活一年目の一部分が纏められている。
 アニメで言うなら“日常パート”の総集編である。

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<古典部>シリーズ初の短編集(厳密に言えば『氷菓』も短編集っぽいが、三部作の一作目であり各話が独立していないものと認識しているので短編集の括りからは外しています)。納められた七篇は、神山高校に入学して一ヶ月後から翌年四月の春休みまでを描いている。

 入学一ヶ月後。
 再生された古典部が、未だ奉太郎・える・里志の三人だった頃。「神山高校にもあった七不思議、その一:謎の未公認部活による【あるメモ】が毎年一枚だけ、他部活の勧誘ポスターに紛れて掲示されている」らしい。その真偽を検証すべく動いた『やるべきことなら手短に』

 摩耶花、古典部入部後の六月。
 殆ど怒ったりしないえるが、珍しく一悶着を起こす。しかも、時は授業中。相手は数学教師。訳を訊くと、その数学教師が何かを勘違いして、生徒に理不尽な怒りをぶつけたと言う。
 注意深い数学教師が何故、勘違いを起こしたのか──「折木さんなら解るのでは!?」と、好奇心の権化が目を輝かせる『大罪を犯す』

 八月の夏休み。“女帝”と呼ばれる先輩から映画の試写会に招待される(『愚者のエンドロール』)前。温泉合宿を行った民宿で、えると摩耶花は、就寝前に聴いた怪談話「首を吊った女」を彷彿とさせる現象を目撃する。
 果たして、本当に「首を吊った女」の幽霊は憑いているのか。調査に乗り出す『正体見たり』

 十一月一日の放課後。えるは「氷菓」事件・「女帝」事件・文化祭での「十文字」事件における奉太郎の活躍を誉めそやしていた。褒めそやされた側は、総て“運”であり、理屈なんて上手く付けられるという主張を崩さない。
 奉太郎は己の主張を証明する為、お誂え向きに流れてきた不可思議な校内放送を利用して、えるにゲームを挑む『心あたりのある者は』

 一月一日、元旦の夜。荒楠神社にて。
 遣いを頼まれた奉太郎とえるは、とあるアクシデントにより、神社の隅に建てられた納屋に閉じ込められてしまう。何とかして大事にせず脱出したい二人が、巫女のバイトをしている摩耶花に「SOS」を伝えるべく奮闘する『あきましておめでとう』

 二月十四日。高校生活初のバレンタインは、摩耶花にとって雪辱戦だった。
 中学三年のバレンタインのリベンジをするべく、えるも巻き込んで、めちゃくちゃ気合いの入った手作りチョコを完成させる。当日は地学講義室にチョコを置いて相手を呼びだし、受け取って貰うつもりだった。……が、見届け人・えるが教室を離れた隙に、チョコは姿を消してしまっていた。
 摩耶花の恋心が詰まった手作りチョコを盗んだ犯人は誰なのか──『手作りチョコレート事件』

 春休みの四月三日。奉太郎は、えるの頼みで一ヶ月遅れの雛祭り──『生き雛祭り』に参加することになる。
 しかし、開催直前になって「生き雛」の行列が正規ルートを通れない事件が発生。えるの機転で何とか祭りは執り行われ、成功する。がしかし何故、開催が危ぶまれる致命的な手違いが発生したのか。その謎だけが残されてしまう。表題作『遠まわりする雛』


 どれも文化祭とはまるで関係ない。本当に何気ない高校生活に、ちょっとした謎が織り込まれている。読みながら「奉太郎たち、青春してるなあ」と、ほっこりさせられました。
 印象深いのは、奉太郎の“省エネ”主義でありモットー「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」が、少しずつ変化している点である。そして、えるに対する恋心も少しずつ、着実に成長している。
 後者は特に印象的で、読みながらニヤニヤしてしまった。良いぞ良いぞぅ、青春してるなあ! おばさんは、ちょびっとずつ進んでモヤモヤさせられる系のラブな話が好きです! うへへ、かわいい!!

 また『遠まわりする雛』にて。奉太郎とえるが、初めて互いの将来について語り合っている。このシーンが胸を締め付けられた。
 一介の男子生徒でしかない奉太郎。既に千反田家を継ぐと決めている、える。きっと二人の将来は交わらないんだろうな……と考えさせられる一コマは、正に「忘れられないストーリー」として心に深く刻まれました。

(了)


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