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14冊目『愚者のエンドロール』/米澤穂信

 同著者による『氷菓』──<古典部>シリーズの二作目。時間軸としては前作から時が進んで、夏休み終盤の数日間を描いている。

 奉太郎達が通う神山高校には“女帝”と呼ばれる生徒が居る。彼女がそんな大仰な呼び名を冠している所以は、美貌もさることながら人使いが上手く、荒い。そして彼女の周りに居る人間は、いつしか彼女の手駒になってしまうらしい。
 その“女帝”──二年F組の入須冬実から、千反田えるは文化祭にてクラス展示する自主制作映画の試写会に誘われる。えるは自らが部長を務める古典部の仲間達も誘って、タイトル未定の映画(仮称『ミステリー』)を観る……のだが、なんと、作品は未完成。尻切れとんぼで終わってしまう。
「詳細に観て、率直な感想を聞かせて欲しい」と言われていたのに、犯人がさえ分からぬとは如何いうことか。なにゆえ出来上がっていない映画の試写会を?
 戸惑う古典部員四人に、“女帝”は問い掛ける。

「あの事件の犯人は、誰だと思う?」

 入須が求めていたのは『率直な感想』ではなく『物語の続き』『犯人の正体』だった。
 “探偵役”として指名された折木奉太郎は、省エネ主義に反すると全く乗り気ではない。が、えるの「わたし、気になります!」と、入須の「クラス内の『探偵役』志願者の話を聴いて参考意見を述べる『オブサーバー役』ならどう?」の提案で、渋々引き受けることになる。
 果たして奉太郎達は、未完成映画の結末を探し出すことが出来るのか。そして二年F組の映画は完成するのか……!?

 ──と、いうのが粗筋です。

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 メインキャラクターの紹介も兼ねていただろう短編集めいた前作より、本作の方がミステリー要素は濃いめである。
 そもそも映画内で殺人事件が発生しているお陰で、自然と犯人や動機、トリックを考えざるを得ない状況になっている。更に完成済みの脚本、撮影した場所の状況、用意された小道具等も擦り合わせて『解決篇』を導き出さなければならない。
 一言で現すなら「ミステリーの謎を解くミステリー」。『文化祭のクラス展示物』というワードも、高校を舞台にした青春ミステリーらしい。実に良い塩梅のスパイスになっている。

 が、<古典部>シリーズは、キラキラ爽やかな青春を描いた学園モノではない。
 思い出して頂きたい。公式紹介文を。

『ちょっぴりほろ苦い青春ミステリ』

 そう。ほろ苦いのです。

 そもそも何故、脚本担当の生徒は『解決篇』を書き上げる前に退場してしまったのか。
 入須が奉太郎を“探偵役”に選んだのは何故か。脚本担当の生徒はどうして、誰か(例えば親しい友人)に「犯人は××で動機は△△で、トリックは○○だから続きを書いて欲しい」と頼まなかったのか。
 入須も、脚本担当の子と仲が良い生徒に「結末を聞き出して代わりに完成させて欲しい」と頼めないことは無かったのに、そうしなかったのは何故か。

 この辺りが明らかになった時の後味の悪さは、ほろ苦いどころではありません。結構、苦い。


 それにしても、フィクションだから許されるのであって「こんな高校生活絶対送りたくないな」と思う。
 私の高校生活、こんなに謎に包囲されていただろうか。……いやあ、包まれて居ないなあ。部活に夢中になって「部活が総て!」感はあったし、先輩も後輩も一癖二癖三癖あったけど、謎は無かった。窃盗事件も、いっぱいあった。私は最新ポータブルMDプレイヤーを盗られ大変憤った。が、教師に訴えても意味が無く、犯人探しも「先輩である」と断定した時点で頓挫した。担任教師に先輩が犯人だと言っても全く聞いて貰えなかった。
 他称“女帝”が現れたのは専門学校時代だし……。もしかして、この記事を読んで下さっているアナタ、謎に包まれた学生生活を送ってませんか? しかも後味悪い解決篇になるタイプの、"女帝"が居るミステリー。で、解決しました? 解決したとしたら、私は拍手を送りたい。手のひらが腫れるまで打ち鳴らしたい。

 個人的に本書は好きじゃない。嫌いと言っても良い。
 けれど、本書にも面白い点はある。なにより、これまた個人的に次書がめちゃくちゃ好きで、本書は次書にも大きく関わってくるから。どう足掻いても遠ざけられない。
 シリーズものの悪いところです。嫌いでも排除できない。ミネストローネで言うセロリ的存在。それが本書──『愚者のエンドロール』である。
 なんで突然ミネストローネ? と思われるだろうが、セロリの入ったミネストローネと、入ってないミネストローネは全然違うのです。独特の風味があるセロリが使われてこそ、ミネストローネに旨味が生まれる。
 それと同じで、『愚者のエンドロール』が加わるからこそ、<古典部>シリーズに旨味が生まれる。

 本書は苦みの強いスパイスなのだ。
 <古典部>シリーズに美味しい苦みを齎す。欠かせない一冊です。

(了)


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