コンビニよりも多い神社の謎① 神社の始まり
日本で1番数が多い建物は『コンビニ!』と答える方も多いと思いますが、実は違います。
建物が多いランキングの堂々1位は『神社』で、なんと全国に81336社もあるそうです。それに対してコンビニは55322店舗なので、約26000ほどの差があるのです(2018年調べ)
1位~4位のランキングは下記の通りです。
1位、神社 81336社
2位、歯科医院 68592庄
3位、薬局 58326店舗
4位、コンビニ 55322店舗
「コンビニはやたらと街中で見かけるなぁ」と思っていましたが、意外な事にコンビニは4位という結果でした。
さて2位の歯科医院と神社を比べても、約13000ほどの差があります。このように日本国内では、神社の数の方が圧倒的に多いです。
何故神社が群を抜いて多いのか、神社と神道の歴史を見ていきましょう!
そもそも神道ってなんなの
『神道』とは古代日本を起源とする我が国特有の宗教です。様々な民間信仰、自然信仰、祖霊信仰が混ぜ合わさり、三世紀ごろ大和朝廷(のちの天皇家)が全国を統一していくと共に成立していきました。
神道は誰が始めた宗教なのかわかりません。仏教の教祖はブッタであり、キリスト教の教祖はイエス・キリストです。
神道は教祖や創始者がいない、自然発生した宗教と言われています。
またキリスト教の聖書や、イスラム教のコーランのような正典や教典がなく、信者が従うべきルールや教えは基本的にありません。このように神道には「あれダメ、これダメ、あれやれ これやれ」といった戒律はなく、特定の食べ物を禁止したり、悟りを開くために厳しい修行を強いる事もありません。
寧ろ日本神話に登場する神々の方が、お酒を飲んだり、裸躍りをしたり、海辺で女の子をナンパしたりと自由なので、とても俗っぽい宗教なのです。
神道の起源
このフリーダムな宗教には、最初から天照大御神(アマテラスオオミカミ)や大国主神(オオクニヌシノカミ)のように擬人化され、性格や性質がハッキリとした神様はいませんでした。
古代日本の人々が自然環境や自然現象そのものを、神として崇める精霊崇拝(アミニズム信仰)が神道の起源と言われています。最古の日本人達はありとあらゆる物質や現象に魂が宿ると考えたました。人間、動物、木、草、花、山、道具、さらに雨や雪が降る事だけでなく、風が吹く事にさえ、魂が宿り、古の人々その中で暮らしていると感じていたのです。
縄文時代の遺跡から土偶や勾玉など、祭祀に使う道具が発見されています。現代の神道は古代日本人の精霊崇拝が発展したものなのです。
狩猟採取が中心の縄文時代から、弥生時代になると稲作が発展していきます。この生活の変化で弥生人は、五穀豊穣の神様を祭るようになりました。
また土地を開拓して、田畑や水を運ぶ灌漑設備を作ったご先祖様の魂と、水や土など自然に宿る魂が協力して、自分達に恵みを与えてくれると考えました。このような信仰を祖霊信仰と言います。この祖霊信仰からオオクニヌシのような擬人化された神様が形成されたのです。
神社の起源
神道の起源を説明しましたが、次はどのように神社が出来たのか見ていきましょう。
自然崇拝が発展すると岩、木、山、海、滝などの自然に神様が宿り、それらを御神体として祭るようになりました。このように自然物をご神体として祭る事を神奈備信仰(かんなびしんこう)といいます。神社に行くと注連縄が結ばれているご神木を見た事があると思いますが、これが神奈備信仰の身近な例です。
ただし木や岩ならなんでもいいという訳ではありません。何千年もの間、嵐や落雷によって倒れる事もなく立派に育った大木。壮大な滝や、巨大な岩。炎と煙を巻き上げる火山など、目を見張り、時には畏怖の念を覚えるものに人々は霊験を感じ、そこを聖域として祭る事が神社が始まりと言われています。
つまり神社にある木がご神木になるのではなく、ご神木があるから神社として成り立つという事なのです。
古代の聖域には現在のような社にあたる建物はなく、御神体とした自然物があるだけでした。
実際、日本最古の神社と言われる奈良県にある大神神社(おおみわじんじゃ)の御神体は、三輪山(みわやま)という山そのものです。拝殿こそあるものの本殿はありません(というか山を建物の中に納める事が無理ですね)。
このように本殿のない日本古来の神社様式が残っている大神神社が、最古の神社といわれる由縁です。
さて社殿など神社建築の始まりですが、祭事の時、臨時の社殿が建てられ、終わったら崩していたようですが、次第に……
「雨風しのげるし、イチイチ建てるのは面倒だから、社殿は建てたままにしておこう」
と言う感じで、神社の境内では建てた社殿を残すようになりました。
そして、中国から伝来した寺院建築などの影響も受けながら、現在の皆様がよく知っている神社のという建物が出来上がっていきます。
大物主神(おおものぬしのかみ)を主祭神とする大神神社(おおみわじんじゃ)。神社の信仰形式でも初期にあたる『神奈備信仰』を残しているので、最古の神社と言われているが、記録が残っていないので詳細は不明です。主祭神である大物主神以外にも、様々な神様を祭っているので、そのご利益は『学業成就』『交通安全』『病気治癒』など多岐に渡っています。
御神体は自然物から人工物へ
自然物を祭る神奈備信仰だけでは、神社が日本一位の建物数を誇る施設にはなれません。なぜなら御神体になるような、滝や山、樹齢数千年を超える大木なんて滅多にないからです。
まあ、滅多にないから聖域になるんでしょうけど、これでは神社は限られた地域にしか建てられません。それなのに神社は日本一多い建物になるくらい、増える事が出来たのでしょうか?
古代日本人が住む集落周囲に、祭るような大木や滝がない地域もありますが、弥生時代ごろに中国から鏡や製鉄技術などが伝わりました。
そこで弥生人は……
「神社を作りたいけど、近所に御神体になる自然物がないよ。そうだ中国人が鏡を祭っていたから真似しよう!」
こんな事を言ったかはわかりませんが、弥生時代になると祭祀に使われたとされる鏡が出土しています。実は中国では鏡を神として祭る神鏡(しんきょう)という文化が既にありました。
中国から日本へ鏡が伝わってくると共に、この神鏡という考え方も入ってきて、弥生人達は外国の文化を真似て人工物を祭るようになったのです。
神道の礎である精霊崇拝の対象には、道具も含まれています。なので鏡を御神体にするのは、とても相性がよかったと言えます。
現代なら鏡はホームセンターでも売っている、当たり前な物になりました。しかし当時の鏡は選ばれた人しか持てないとても貴重で高価な物だったので、霊験を感じるには十分だったのでしょう。
現在の神社が、鏡を御神体として祭っている場合が多いのは、このような歴史背景があったからです。
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