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【SF短編】『人類最後の文字』

日々
世界中で
あるいはネットの中で
ありとあらゆる文字が飛び交い
記録されてゆく

その文字の洪水は
とうとう何が真実で何が偽りかを
なんぴとも判断出来ぬ次元にまで達してしまった

神は怒り
人間達からアウトプットを奪った

奪われたのは
アウトプットのみだったため
言葉や文字は
以前と同じく理解出来た
だがけして吐き出せぬようにした

もし吐き出せば
その者は神の怒りに触れ
もがき苦しみながら
死んでしまう

どうせなら
言葉すべてを奪えばよかったのにと
多くの人々が思った
なぜこんな中途半端な罰を下すのか?

その意味は時が経つほどに
じわじわと人々に浸透し出した

まったく文字を持たない一部の部族には
さほど影響しなかったが
現代ではほぼ全ての人間が
猫も杓子もスマホ片手に
あることないことを呟くのが日常化していたため
吐き出せぬ日々の鬱屈が澱のように溜まり
人類全体がその沈殿物に感染し
不健全に濁り出したのだ

神々が望んだのは
この地獄絵図だったのだろう

鬱屈した黒い濁りに感染した人々は
朝も夜も口を開け
ヨダレを垂れ流し
血走った目をしたまま
「おろろろろ~…おろろろろ~…」と
まるで意味を成さない言葉を撒き散らしながら
街中をゾンビのように徘徊するようになった

かててくわえて
文筆をおもな生業としていた
人々にとっては致命的であった

日々
吐き出したいことは山のように積み重なり
頭の中に渦を巻く
だが外にはけして吐き出せない
思いを形にできない
伝えられない

その筆舌に尽くしがたい苦悶は
一般人のそれと比較するまでもなく
想像を絶するものがあったに違いない
どうあがいても文字を紡げぬ暮らしに
彼らは次々と自死を選んだ

どうせ死ぬならと
彼らが歯を食いしばり
悶絶し
失禁し
部屋中をのたうち回り
目から血の涙を流しながら
死と引き換えに
自らの体に爪で掻き刻んだ
最後の血文字は…

興味深いことに
全員がほぼまったく同じ内容で
オンリーワンを謳っていたはずの作家や詩人らは
まるで個を剥奪されたかのように
腕に
あるいは胸に
さもなくば内腿に
それを刻印のように描き記した

おそらくそれは世界で一番短く
もっとも有名な詩だったのかもしれない

『I Love You 』

自らが「詩」そのものになることで
「自死」は「自詩」足り得たのだろうか

『死と詩がもっとも等価になった日』より抜粋


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