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12本のバラをあなたに

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【note創作大賞・恋愛小説部門エントリー中】 遼子(りょうこ)は企業内弁護士(インハウスローヤー)、企業の社員として雇用されている弁護士だ。会社の社長である別所(べっしょ)にほ…
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#恋愛小説部門

12本のバラをあなたに 第三章-1

12本のバラをあなたに 第三章-1

「あら」
 別所と揃って病室へ入るなり、ベッドで体を起こしていた富貴子がほほ笑みを向けてきた。
「富貴子さん、こんにちは」
「こんにちは、別所さん」
 病院の廊下と病室を隔てるドアの前に立つまで別所を連れてきて良かったのか思い悩んだものだが、明るい声で挨拶を交わす二人の姿を目にし遼子は胸をなで下ろす。
「何を手土産にしたらいいのか迷いましたが、富貴子さんが好きなスティックタイプの水ようかんにしまし

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12本のバラをあなたに 第二章-12

12本のバラをあなたに 第二章-12

 冬のちらし寿司、しかも新作ということで期待値が自然と上がったけれど、いざ届いた物を食べてみるといつもと変わらない気がした。が、遼子に言わせると違うらしい。
「普通のちらしよりネタが小さくて食べやすいです。それに酢飯がさっぱりすぎてないからそれぞれの味が際立っていいですね」
 ついさっきまでこわばっていた顔が、うまいものを食べてほころんでいく。それが嬉しくて、食べることより遼子の反応を眺めていた時

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12本のバラをあなたに 第二章-11

12本のバラをあなたに 第二章-11

『お前は俺の妻だろう? 妻は夫をたてなきゃいけないんだよ!』
 夫と妻は対等なはずだ。弁護士ならよくわかっているはず。
『誰のおかげで売り上げが取れるようになったと思っているんだ!』
 たしかに高桑から仕事を学んだから彼のおかげと言っていいのかもしれないが、クライアントに誠実な対応をするよう努力し続けた。その結果が売り上げに繋がっているのだと思っている。だから彼のおかげだけとは言えない。
『お前が

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12本のバラをあなたに 第二章-9

12本のバラをあなたに 第二章-9

『夫には病気のこと、黙っていてほしいの』
 昨日面会した富貴子は、思い詰めたような顔でそう言った。しかし……、
『でも……、別所さんはなにか気づいているようだから話して良いわよ、全部』
 次の言葉を口にしたとき悲しそうにしていた。
 富貴子が別所の名を挙げたのは、篠田からの突然の電話が理由だと言う。
『夫から周年祝いのお礼状の書き方を聞かれたの。あの人、裏方の仕事まで手が回らないから誰かから言われ

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12本のバラをあなたに 第二章-4

12本のバラをあなたに 第二章-4

「社長、これお願いします」
 出社したらコーヒーとともに小さな紙を差し出された。
「これは?」
 昨日の出来事の顛末を聞きたかったが、別所は岡田が差し出している紙に手を伸ばす。
「昨日、麻生先生を自宅まで送り届けるために立ち寄ったたい焼き屋の領収書です」
 領収書を受け取り、記載されているものに目を通す。遼子が住んでいるエリアにある店のものだった。
「ということは、うまくいったんですね」
 別所は

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12本のバラをあなたに 第二章-3

12本のバラをあなたに 第二章-3

 深雪とソバを食べ終え、店を出たら岡田とバッタリ鉢合わせした。つい別所がいるのではないかと目だけで辺りを見回したものの彼の姿はなく、ほっと胸をなで下ろしたと同時に決まりが悪くなった。
「ぐ、偶然だな」
「そ、そうね」
 どこか芝居がかった会話が耳に入り岡田と深雪に目をやると偶然とは思えないような様子だった。心に広がる複雑な感情から二人に意識を向けて成り行きを見守っていたら、
「そういえば、麻生先生

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12本のバラをあなたに 第二章-2

12本のバラをあなたに 第二章-2

 机の上に置いてあるスマホに目をやると、タイミングよくメールが来た。
『遼子先生と一緒にビルを出ました。今日は駅前にある立ち食いソバのお店に寄ります』
 深雪からの報告を読み終えてすぐ帰り支度に取りかかろうとしたら岡田の声がした。
「メール来たんですね」
「ええ。今日は立ち食いソバを食べに行くみたいです、二人で」
 机の向こうで書類の山を整理している岡田に目線を向けると、ほっとしたような顔をしてい

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12本のバラをあなたに 第二章-1

12本のバラをあなたに 第二章-1

「遼子先生、チェックお願いします」
 深雪の声が耳に入った。遼子は作業の手を止める。見上げるとすぐ深雪と目が合った。
「これで今日のノルマ終了です」
 向けられたほほ笑みにつられ笑みが出る。
「じゃあ今日も定時で帰れるわね」
「ええ。ということで、今日は立ち食いソバ食べに行きませんか? あの人気の……」
 深雪が言っているのは最寄り駅にほど近い店のことだろう。
「いいわね」
「でしょう?」
 深雪

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12本のバラをあなたに 序章

12本のバラをあなたに 序章

 もしかしたら、あの人の心に入りこめるかもしれない。
 クロゼットを開いてすぐ、遼子は思った。
 もしも彼に意中の相手がいるのなら、洒落たアイテムのひとつやふたつあるはずだ。しかし目線の先にあるものは、シンプルなものばかりで色気というものがない。見せてもらった部屋にも恋人の存在を感じさせるアイテムはなかったし、おそらく彼は現在フリーで間違いない。整然と並ぶボタンダウンの白シャツにナチュラルカラーの

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12本のバラをあなたに 第一章-1

12本のバラをあなたに 第一章-1

「いかがでした? 社長のおうち」
 窓の外に広がる中庭の景色からテーブルの向こうへ目をやると、仕事の補佐をしている吉永深雪がにっこりほほ笑んだ。どんな言葉を期待しているのかわからないが、大きな目がキラキラ輝いている。
 会社が入っているビルの一階にある喫茶室は正午になると大賑わいだ。落ち着いた内装もあいまってふだんは静かなフロアは、このときばかりは賑やかになる。その一角、フロアの一番奥のテーブル席

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12本のバラをあなたに 第一章-2

12本のバラをあなたに 第一章-2

 昼食休憩が終わったばかりの社長室。そこで別所は、スマートフォンを手にしたまま机に突っ伏していた。というのも長年の友人である篠田から痛いところを突かれてしまい、自己嫌悪に陥っているからだ。
 篠田は法律事務所に勤務していたころの遼子のクライアントで、彼女の仕事に対する姿勢だけでなく人柄をかっている。彼女が退所したあとも会社の顧問契約を結んでいたくらいだから。その縁でホームパーティーに招いたりと親し

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12本のバラをあなたに 第一章-3

12本のバラをあなたに 第一章-3

 企業内弁護士としての遼子の仕事は契約書の作成だ。
 どのような業種の会社に勤務するかで業務内容は違ってくるが、別所の会社はアパレル企業向けの経営コンサルタントであり、クライアントとの間で交わされる書類を作る仕事が大半を占める。それ以外にも社内の労使問題を解消するという業務もあるにはあるけれど、社主である別所がフランクなこともあり、問題になる前に話し合って解決しているらしいからほぼないと言えよう。

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12本のバラをあなたに 第一章-4

12本のバラをあなたに 第一章-4

「では、のちほど連絡しますね」
 別所は部屋を出たあと足取り軽く廊下を歩きながら、これからのプランを練った。なにせ遼子がパーティーへの参加を了承してくれたのだ。天にも昇る心地だった。
 招待状を凝視したまま立ち尽くす遼子の姿を見て断られることを内心で覚悟した。しかし篠田の厚意を無駄にしたくない。だから別所は沈みそうな気持ちを奮い立たせた。
『りょ、遼子先生。ぼ、僕は決して不埒なことを考えてお誘いし

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12本のバラをあなたに 第一章-5

12本のバラをあなたに 第一章-5

「診断の結果、麻生さまは骨格診断ではストレート、パーソナルカラーはブルベースの冬でした」
 ボブカットの女性はそう言ってA4サイズのパネルを見せた。それには黒髪に黒い瞳が印象的な女性のイラストが描かれている。
「顔立ち、遼子先生に似てますね」
 隣に座る深雪が言うと、パネルを見せている女性は「キリッとしたお顔立ちが特に」と言ってほほ笑んだ。
「あと吉永さまはナチュラルでイエローベースの春でした」

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