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12本のバラをあなたに

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【note創作大賞・恋愛小説部門エントリー中】 遼子(りょうこ)は企業内弁護士(インハウスローヤー)、企業の社員として雇用されている弁護士だ。会社の社長である別所(べっしょ)にほ…
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12本のバラをあなたに 第三章-12

12本のバラをあなたに 第三章-12

「失礼いたします」
 女将の声がしたのは、言い終えてしばらく経ったあとだった。
「どうぞ」
 返事をしたら、すっと襖が開いた。
「お料理をお持ちいたしました」
「お願いします」
 女将が合図をしてすぐ、そろいの藤色の着物を着た女性が二人部屋に入ってきた。香ばしい醤油の香りと出汁のいい匂いが鼻を掠めた直後、不覚にも胃がきゅうと鳴る。
 仲居の一人が卓上コンロをセットすると、もう一人が蓋がない鉄鍋を上

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12本のバラをあなたに 第三章-11

12本のバラをあなたに 第三章-11

 別所とともに向かったのは料亭だった。
 店に向かう道すがら別所が言うには、そこの秋冬限定裏メニューがとてもうまいという。ふだんの、頭を悩ませるものが何もないときならば、贔屓客にしか振る舞われない一品に興味を覚えただろうが今は無理だ。高崎から意味深な言葉を聞かされたあとからずっと、別れた男がとった行動の理由を考え続けているのだから。
 富沢事務所で働いていた頃、高桑は多くの顧問先を抱えていた。それ

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12本のバラをあなたに 第三章-6

12本のバラをあなたに 第三章-6

 出先から会社に戻ったタイミングで藤田から着信があった。革張りの椅子に腰を下ろしながら出てみると、いつもの藤田らしからぬ沈んだ声が聞こえてきた。
「富貴子から聞いたよ」
 ドクンと心臓が大きく脈打った。
「お前と遼子先生に、大きなものを背負わせちまったな、すまない」
 富貴子は自らの病のことだけでなく、自分と遼子に秘密にするよう頼んだことまで藤田に話したようだった。
「いや……。本当なら……、すぐ

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12本のバラをあなたに 第三章-5

12本のバラをあなたに 第三章-5

 高桑が姿を見せなくなって二日が経った。それまでしつこく会いに来ていた人間がパタリと来なくなったのだ。本音を言えばホッとしているけれど同時に不安で仕方がない。
 あの男が自分に会いに来た理由が理由だ。自分が知らないところで、また何か画策しているかもしれないと考えるのが妥当だろう。そう思い至ってすぐ頭に浮かんだのは、以前世話になったクライアントを動かすことだが、プライドが高い高桑が彼らに頭を下げると

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12本のバラをあなたに 第二章-9

12本のバラをあなたに 第二章-9

『夫には病気のこと、黙っていてほしいの』
 昨日面会した富貴子は、思い詰めたような顔でそう言った。しかし……、
『でも……、別所さんはなにか気づいているようだから話して良いわよ、全部』
 次の言葉を口にしたとき悲しそうにしていた。
 富貴子が別所の名を挙げたのは、篠田からの突然の電話が理由だと言う。
『夫から周年祝いのお礼状の書き方を聞かれたの。あの人、裏方の仕事まで手が回らないから誰かから言われ

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12本のバラをあなたに 第二章-10

12本のバラをあなたに 第二章-10

『今日は僕が遼子先生を送るから』
 そう告げたときの岡田の表情を思い返しながら別所は部屋を出る。
 遼子が部屋を出たあとやって来た岡田に、篠田の妻・富貴子の病を堅く口止めした上で、入院している彼女の見舞いに二人で行くと告げたところ、戸惑っているような顔をした。
 岡田が困惑するのも仕方がない。なにせ篠田のパーティー以降徹底して遼子と顔を合わせないよう彼と深雪に調整を頼んでいたのに、ここのところ予想

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12本のバラをあなたに 第二章-8

12本のバラをあなたに 第二章-8

 遼子が休みをとった翌日、別所はいつもの時間に出社して自分の席に着いた。机の上に置かれているファイルの山は「今日やるべき仕事」だ。一番上にあるものに手を伸ばそうとしたらドアをノックする音がした。
「どうぞ」
 声を掛けてすぐ扉が開いた。目線をそちらに向けると、ゆっくりと開いた扉の陰に遼子がいたものだから驚いた。別所は目を大きくする。
「りょ、遼子先生? どうしました?」
 慌てて席を立ったのは、遼

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12本のバラをあなたに 第二章-5

12本のバラをあなたに 第二章-5

「……あの方はどなたです?」
 立ち去る元夫の背中を、ぼう然としながら眺めていたら別所の声が耳に入った。我に返り別所に目をやると不安げな顔をしている。遼子は、どうしたものか立ち尽くしたまま考えた。が、
「と聞きたいところですがやめときます。ところで岡田たちは? 御一緒していたはずですが」
 急に話の矛先を変えられてしまい、遼子はうろたえる。
「え……、あの……、先に行くよう……」
 ビルから出た直

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12本のバラをあなたに 第二章-6

12本のバラをあなたに 第二章-6

「社長、昨日は申し訳ありませんでした」
 出社早々、岡田に頭を下げられて別所はきょとんとした。
「三人でビルを出ようとしたらあの男が来まして、麻生先生に話しかけてきました。会社に来ていた人だと言おうとしたんですが、麻生先生の表情がこわばってて……」
 昨日、自分が遼子に声を掛ける前の話だろう。
 何が理由かわからないけれど「あの男」が現れたことで動揺した遼子のことが気がかりだったから、岡田は自分に

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12本のバラをあなたに 第二章-7

12本のバラをあなたに 第二章-7

「では改めて挨拶をさせていただきます。高崎法律事務所代表、高崎憲吾と申します」
 高崎は、人なつっこそうな笑みを浮かべて名刺を差し出してきた。
「麻生遼子です。急に連絡を差し上げてしまい申し訳ありませんでした」
 心苦しい気持ちで遼子は頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらず」
 名刺を受け取ろうとしたら、高崎から満面の笑みを向けられた。
「企業法務ができる方が来てくれたらいいなと思っていたので嬉

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